第29話 ○○○公認会計士事務所で

翌日、私は事務所を訪れた。ドアを開けると、流暢だが、専門的で難しい英語が聞こえてきた。受付を兼務している事務員に来訪を告げると、しばらくして所長が現れた。

「お待ちしていました。さあ、クライエントルームにどうぞ」

 意外に小さな事務所だと思った。事務員は、十名ほどだ。公認会計士で、事務所長でもある樹莉亜は美しく、しかも知的な感じがした。

 私は、

「失礼かもしれませんが、意外と小さな事務所なんですね」

「ええ、見ての通り、ここは、本社がイギリスにある法人の日本支社なの。顧客は、外国企業で特殊な案件を扱っているから、人員はそれほど必要ないのよ。それじゃ、時間がないので、依頼した件について説明して」

 相談者から、話を進められるのは滅多にない経験だった。

「樹莉亜さんの卵は、社会的的凍結保存なのですね。色々と面倒ではなかったですか」

「ええ、少し。でも社会的凍結保存も増えているみたいですね」

「ええ、はい、それでは、医療的な説明は、医師にまかせるとして、代理母になる人に心当たりはありますか」

「誰もいません」

「それでは、当社で斡旋するのは、米国か東南アジアですが、どちらがよろしいですか」

「先ず、医療水準での比較、次に費用での比較では、どちらが良いですか」

「医療水準は、米国が東南アジアよりも優れていますが、だからといって、東南アジアの水準は、思ったほど低くはありません。費用では東南アジアが圧倒的にお安いですね」

「米国での費用は、どのくらい」

「米国では、年間を通して約二千人以上の赤ん坊が代理出産で産まれています。費用はおよそ二千万円ですか。東南アジアで代理出産を行う場合は、約二百万円~六百万円です」

「タイは、以前は多かったような気がするですけど」

「そうです。しかし、タイでは、二〇一五年に外国人の代理出産が禁止されて、東南アジアでの代理出産を希望する夫婦も増えてきました。米国で代理出産を行うよりはるかに安いためですが」

「それでは、東南アジアのどこかの国ということで話しを勧めていただけますか」

「それでは、マレーシアで進めてみます。なお、代理母の案件は、条件が複雑ですので、国際弁護士を入れて契約書を作成して締結ということになりますが、よろしいですか」

「結構です」

「あ、確認するのを忘れていました。ご結婚は」

「いえ、独身です」

「それでは、精子はどこから」

「アメリカには、精子バンクがありますよね」

「ええ、ありますが。スペックが高い精子は、かなり高額です。ただし、サービスは行き届いていますので、一覧の価値はありますね。ネットで見てもらうと分かりますが、写真の下に身体的特徴、IQ、職業などが書かれていて、さらに毛髪、皮膚、目の色を選んで、クリックすれば、精子を送ってくれます。クリニックで人工授精してもいいし、自宅でセルフでもできます」

「日本でもそうなればいいのに」

「日本では、おそらく認められないでしょう」

「日本にも、精子バンクはあるみたいだけど」

「公的なものはなく、アメリカほどの内容もない個人営業レベルなら」

「うーん。困ったわ。普通こういう時は、精子は、どこから入手しているのかしら」

「高学歴、スポーツ万能とうたっているサイトと連絡はできますが。ただちょっと……信頼性に乏しいというか……」

「まあ、一応、その方向で進んで、駄目な場合は、又別なことを考えるとして、とりあえずは、おまかせするわ」

「分かりました。やらせていただきます」

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