第22話 結婚式

 結婚式と披露宴のことで、話すことは少ない。Jは、一八歳までは米国暮らしでクリスチャンだったせいか、教会で式を挙げることができれば、それで十分だと言った。私は、披露宴もできればやりたくないと注文をつけ、結局、ジミ婚にすることとした。

 私の側の親族には、叔父夫婦が来てくれた。彼女の側は、勿論、両親だ。母親からは、何度もお願いしますと言われて恐縮した。父親が娘の腕を取ってバージンロードを歩いてきたが、さすがに、どんな気持ちなのかと考えたくなる。

 結婚式の参列者には、私の側は、ベビーハウスの連中が来てくれた。彼女の側は、代行サービスを利用した。披露宴に呼んだのは、叔父夫婦、彼女の両親、K夫婦と会社の代表だけだ。代表が、祝辞を言いたいとのことだったが、これだけは丁重にお断りした。

 K夫婦には、友人代表として出席してもらった。何人もいなかったが、Kのスピーチが始まった。八年前、Kの結婚式の時には、私が、さんざんKの悪行をばらしたので、何を言われるかと戦々恐々としていた。

「ええ、Sさん、Jさんご結婚おめでとう御座います……。(略)

彼とは、大学以来の付き合いです。おかしな男で、大学を出て国家公務員の上級職に合格したのに、すぐやめて今の職場で好きなように仕事をしています。女癖は悪くありません。というより、変わり者です。

 若い頃、彼は、パーティを組まずに、単独で冬山に挑戦していました。私が、何故、危険な単独行をするのかと聞くと、彼は、俺の中には、怪物が棲んでいるからと笑っていました。

 確かに、彼は、心の中に、一匹の怪物を飼っています。怪物とは、悪魔ではありません。彼が、生きて来る間に、彼の心が、怒り、苦しみ、悲しみ、恨み、嫉み、寂しさ、虚しさ、恐れ、欲望、後悔、不満、無念、嫌悪、恥、 軽蔑、殺意、劣等感、罪悪感、そして絶望の荒波に弄ばされて、怪物に変容したものです。 

 しかし、彼の心には怪物だけがいるのではありません。それと同時に、天使も住んでおり、彼は虐げられた者への眼差しをなくしませんでした。怪物とは、未だ愛情に飢えた子どもでもあります。妻となったJさんには、彼の心の中の怪物を一刻も早く、退治してくださるようお願いします。

 彼は、私たち夫婦の危機を救ってくれました。その彼に報いるためにも、彼の心に平安を運んでくるためにも、彼にあふれんばかりの愛情を注いでください。彼の心の怪物が、これはたまらんと逃げ出すほどの愛情が必要です。Jさんには、それが出来ます。

 私は、Jさんにだけ求めているのではありません。勿論、Sにも、命がけでJさんを愛し続けていくことを求めます。彼なら出来ることと私は、信じています。さきほど、神父様から話がありましたが、

彼の心の天使が唱う時も、彼の心の怪物が暴れる時も二人は、愛し合い敬い、なぐさめ助けて変わることなく命の日の続く限り幸せに生きて下さい。おめでとう。いつまでも幸せで」

いいスピーチだと思った。

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