第20話 再びKと
私は、再度Kを呼び出した。居酒屋に予約の電話を入れると、親父が、嬉しそうに返事をしてくれた。K夫婦の仲がうまくいったからだろう。別に、話をしたわけではないのだが、親父は何でも知っている。
午後八時二〇分、予定の時刻よりやや遅れて、Kが来た。
「すまん、会社を出ようと思ったら、急な案件が入って」
「いや、構わんよ。お互い様だ」
「ああそうだ、嫁は、赤ん坊の世話で手一杯だ」
えっという顔を親父がした。
「Kさんに、赤ん坊が産まれたんですか」
「うん、まあ、そんなところだ」
「はい、それじゃ、お祝いということで、今日の勘定は半額で結構です」と親父が嬉しいことを言ってくれた。
「なかなか、お前達夫婦に合う赤ん坊って、いないんだよな。気に入ってくれてありがとう」
「それで今日は」
「突然でなんだが、お前、芥川龍之介の『河童』って読んだことがあるだろう」
「ああ、学生時代にな、それが」
「その中に、河童は、産まれる前に、胎児が言葉を話せるんだが、父親が、産まれてきたいかいとその胎児に聞いて、胎児が『僕は産まれたくありません』というと、流してしまうというストーリーがあったろう」
「さあ、そこまでは、どうだったかな。それで」
「子どもは、結婚すると産まれる。あるいは授かりものと言っているが、結婚して、子どもがほしくなったら、誰かにもらうということにしてはどうかと考えたんだ。そうすれば、少なくとも、望まない妊娠で育てられないとか、産まれたくて産まれたんじゃないということが、少しは減るんじゃないかと思ってね」
「産まれたくて産まれたんじゃない、俺も高校生の頃、そんなことを言ったことがあったなあ。芥川龍之介も、親との関係で悩んだんだな……、なるほどな」
Kにひきずられたように私も、
「俺も、結婚するよ」
「えー。お前と結婚する人がいたのかよ」
「言葉に気をつけろよ。あのなあ、会社にお茶くみの可愛い娘がいたんだ。その娘と一緒になる」
Kが驚く前に親父のほうが驚いていた。手元が一瞬、怪しくなった。
「いやあ、驚いた。Sさんが結婚するの」
私は、いささか、いらついてきた。
「ついでに、もう一つ驚いてもらうか。その娘は、MtFだ。だから、子どもは産めない。子どもは養子でもらって育てる」
さすがに、この話には驚いたようだった。
「お前、俺のことを気遣って、いやそこまでする人間なんか……、いるはずがないよな」
「何を、ごちゃごちゃ言っているんだ。それで、ごく内輪で結婚式をするから、来てくれ」
「ごく内輪ね、分かった。いやー、驚いた。でも、良かった。お前が結婚すると聞いて嬉しいよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます