第14話 Kへ赤ん坊斡旋

 二日後、私は、またKにメールを入れた。

「出来れば、奥さんと一緒に来て欲しい。場所は、いつものところ。ただし、座敷を用意してある」

 居酒屋に入ると、親父が座敷に目を向けた。Kと奥さんが、所在なげに待っていた。奥さんの傷は良くなっていたが、左腕に巻かれたスカーフは、自殺の出来事を隠してはくれなかった。人と人とは、どうすれば争わずに生きていけるのだろうか。

 何も、知らない振りはできなかった。私は、

「二人とも、赤ん坊を育ててみないか。俺は、こんな人買いみたいな仕事をしているけど、赤ん坊は可愛いと思うよ」

Kが、意外な顔をした。てっきり、別れ話をしろと言われると観念していたらしい。

「誰かが、言ってたけど、夫婦には共通の目標が必要なんだ。なぜ必要か、共通の目標に向かって、二人が前を向くと、お互いが見えなくなるだろう。それが、いいらしい。お互い、向き合っていると粗が見えて、気まずくなるってさ」

ぷっとKが笑った。Kの妻も笑った。

「ところで、お前は、それ以前のレベルにいるんだよな」

とKが茶々を入れた。そうだ、結婚もしていないのだから、共通の目標もない。

「あのね、仕事の話しはしてはいけないが、匿名で話すのは問題がないと思って話す。同性愛の男性夫婦が、赤ん坊が欲しいと言ってきたんだ。あまり、お金がないようなので放っておいたが、たまたま女児が生まれて、その時考えたんだ。この児にとって、幸せって何だろう。男女の夫婦でも幸せにはなれるだろうが、同性愛の夫婦でも十分に幸せにしてくれるんじゃないかってね。もう、性別でどうこういう時代は、終わりに近づいているような気がするんだ。

 初めて、話すけど、俺の生まれと生い立ちは悲惨だった。何より、愛情なんてひとかけらもない環境で育ったんだ。赤ん坊を育てるのに、少しのお金は必要だが、愛情がなければ、育てる意味がない。二人の間に何があるか、知らないが、前を向いたほうがいいんじゃないかな」

 少し、恥ずかしかった。自分の生い立ちを話したこともあるが、説教になったことも恥ずかしかった。 

「例えば、俺のところには、それぞれが、性同一性障害で性転換手術をしたという夫婦が来るときもある。その夫婦は、互いに相手の前の性別を気にするだろうか。気にするようなら結婚は出来ないし、まして赤ん坊を欲しいなんて言うわけがない。人が人を愛するってことは、勿論、相手の身体を愛するということでもあるだろうが、それだけなんだろうか。車椅子でしか移動できない夫を愛する妻もいる。人というのは、心と身体が一体になったものだろう。でも愛するって、その人の一番その人らしいところを愛することだろう。結婚もしていないのに、夫婦の愛なんて、言うこと自体がおこがましいのは分かっての話だけどね」

 Kの妻が泣いていた。Kは上を向いていた。

「お前も、苦労したんだな。お前が、「愛」なんて言葉を使うとは、思いもよらなかったよ。ありがとう、後は夫婦の問題だ。話し合って何とかするよ」

 その夜、居酒屋での飲み会は、大いに盛り上がった。最後は、三人で、「銀座の恋の物語」を熱唱して宴を終えた。 

 外に出ると、身を切るような寒さではなかった。三月になって、桜のつぼみもかなり膨らんできていた。後二週間もすれば、満開になって、また花見客で賑わうだろう。桜もあと何回、見られるのだろう。

 ベビーライフ第一課の彼女との付き合いは続いていた。どちらも珍しいという目で相手を見ているのが面白い。彼女から言わせれば、私は、絶滅危惧種の熱血プラス理解不能タイプだそうで、傍から見ていると少し心配になってくるらしい。

 彼女も、私から言えば、なぜ、こんなところにいるのかと思えるタイプだ。頭の回転が良く本を読んでおり、自分の考えも持っている。その批判の舌鋒は鋭く、時に私がストップをかけるほどだった。

それでいて、コミック、音楽、コスプレと流行はきちんと押さえている。

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