第8話 虐待
駅の階段で見たくない光景を見た。だらしなく乱れた髪をした何ともいえない雰囲気の母親が、三歳くらいの女の子を連れていた。もう一一時を回っていたので、女の子は眠そうだった。母親は、子どもに階段を上るのが遅いと喚きだし、やっと階段を上り終えると、電車は出発したところだった。
母親が、怒りを爆発させ、子どもはごめんなさいと何度も謝っていた。何を思ったのか、母親が、その子の背中を叩くと子どもが倒れ洋服がめくれ上がって背中が見えた。背中には大きな青痣が三つほど見えた。児童虐待だ。
そしてその言葉と同時に、私の子ども時代の一場面が浮かんできた。私は、養子だった。それをいつ知ったのかは、はっきりしない。里親の家に甥が遊びに来ていた。
私はまだ五歳くらいだったろうか。甥は近くの家に私を連れて行き、門の外で誰か来ないか見張ってろと言った。何があったのは知らなかったが、翌日、その家でお金が盗まれていたのがわかった。私を、その家の前で見たという人がいて、私が疑われたが、私は、何もやっていないと言い張った。甥の名前を出さなかったのは、そうすれば里親の怒りに油をさすと思ったからだった。里親は、私を疑って蔵に入れた。
空腹になった私は、この身体は自分ではないと思うこととした。それから、何か辛いことや悲しいことがあると私は、その苦しんでいる心は、自分とは別のものだと思うようにしてきた。
私の目の前に、罪も無い女の子が泣くことを忘れたかのように立っていた。私の心の中の子どもが、助けてくれと泣き叫んだ。突然、私の心が逆立った。私は、その女の子の母親に近寄ると、彼女の腕をねじり上げ、
「児童虐待だ、警察を呼んでもいいんだぞ」
と脅かした。だが、母親は、
「自分の子どもをしつけてどこが悪い」
と居直った。
「じゃあ、あんたにも青痣をつけるか」
そういうと、女は、
「殺されるー」と騒ぎ出した。私は
「いいか、次に同じような場面を見たら、腕をへし折るぞ」
と言って、すぐにその場を立ち去った。誰かが、駅員に連絡したようだったが、私は、入ってきた電車に飛び乗った。
呼吸が荒かった。力を出したからではなかった。無力な者が、暴力に曝される場面を見ると、私の心は平気ではいられないのだ。それどころか、暴力沙汰になることが多かった。
翌日、昨日の酒とあの光景が残っていた。Kの話は、重いが、何らかの解決策はあるはずだ。だが、あの子どもは、どうなるのだろう。家に帰ってから、お前がぐずぐずしているから、私がこんな目にあうんだとまた、虐待されたのだろうか。
俺は、いつになったらあの亡霊から逃れることができるのだろうかと、心が陰鬱になった。
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