第4話 ○金ケース

 事務室のドアが、開き、二日前に電話で予約したカップルが入ってきた。私は、二人を相談室に招き入れつつ、じっと見つめていた。別に珍しいからではない。どの程度の収入があるかを見極めるためだ。

 男性は四十歳に近いか、女性は三十歳程度の若作りだ。スーツや腕時計などで、資産状況を想像する。かなりの収入があるようだ。これは、三百万円はいくだろう。

 しかし、このカップルは、夫婦なのかな。二人で来たが、一人は、どうしても女性が、男性風に髪型を変えているだけだし、もう一人は、元は、男性のようだが、女性らしさを強調しすぎているように思えた。 

 私の怪訝さに気づいたらしく、その夫婦の夫のほうが、

「何か、おかしく思われているようですが、私は、FtM、これはMtFです。ご存じでしょう。性同一性障害のことは。私たちは法的に結婚しています。夫婦です」

 ああ、そうか性同一性障害のカップルかと、私は内心呟いた。

「いえ、そんなつもりじゃ。ご結婚なされているんですね。ということは、卵と精子は用意できるんですね」

 このケースは、代理母を必要としているらしいので、第二課に回すかと考えていると、

「それが、互いに先ず自分の性別を希望の性別に合わせることばかり考えていて、結婚してから子どもが欲しいと思ったときは、卵と精子を用意できなくなっていたんです」

と夫が言った。それに対して妻のほうが、

 「あなたの卵は、凍結保存していたって言わなかった。それを人工授精させて、代理母にまかせれば、あなたの血を引いた子どもが産まれるのに」

「君の精子が残っていれば、一番良かったんだけど」

 ここで、私は話しに割って入った。

「すみません。話しを進めさせていただきます。卵があって、それに他人の精子で人工授精させ、代理出産させることを希望ですか。それとも、遺伝上のつながりのない赤ん坊の斡旋をご希望ですか」

「代理出産だといくらぐらいかかりますか」

と夫が聞いた。

「そうですね。一番安い東南アジアで、四百~五百万円は、米国なら二千万円は必要かと。それに、一年以上かかります」

「うーん。それでは、赤ん坊の斡旋は」

「大体、二百~三百万円くらいは。代理出産と違って、そうは、お待たせしないとは思います」

「それなら、赤ちゃんを斡旋してもらうほうがいいのかしら」

妻は、早く赤ん坊を抱きたいようだった。夫が、

「費用の内訳は、どうなります」

と聞いてきた。

「ここに明細がありますが、人件費が大きいですね。特に、弁護士・カウンセラー・養子引き渡しの際に必要なベビーシッター等の人件費、裁判費用、交通費、オフィスおよび業務運営諸経費となっています。それに、母親がまだ妊娠中に契約された場合には、出産までの医療費と生活費を負担していただきます」

「出産までの医療費と生活費まで、負担するの」

と妻はいささか、不満げであった。

「産まれてからの斡旋と妊娠中の斡旋があるので、妊娠中の場合は、負担していただきます」

「実際に赤ん坊を渡していただけるのは、いつごろですか」

夫が事務的に聞いてきた。

「ここで、斡旋依頼契約を結ばれたご両親は、待機リストに乗ります。お渡しできる児がいた場合には、既産児、未産児に限らずお知らせしまが、お知らせする順序は、当社で決定したお客様の優先順位に基づきます。お手数ですが、通常、赤ん坊を引き渡すことができるのは一年以内ですが、事情によっては、それ以上、お待ちいただく場合があります。その場合は、契約を継続するかどうか、再度、ご確認します」

当社で決定したお客様の優先順位というのが、曲者なのだが、幸い、夫は、大きくうなづいただけだった。妻が、注意深く尋ねてきた。

「何か、気をつけなくてはならないことは」

私は、大事なことを伝えた。

「最近は、養子となった子どもが小さい場合でも、出自を知る権利を保障するために、養子である旨を伝えるようになっていますが、お客様には、そのような対応ができますか」

 私の質問は、かなり意味深であったが、夫のほうには、それは既に承知のうえだという覚悟が見られた。

「まあ、そうせざるをえないでしょうね」

 私は、この夫婦の場合は、それに加えて、夫婦自身のこともカミングアウトしなければならないが、子どもは、受けとめきれるのだろうかと心配した。まあ、子どもが幸せになれれば、私が心配することではないのだが。

 最後に、私は、

「念を押すようですが、生後一週間足らずのお子さんをお渡しすることもあるわけですから、養親としても相当の覚悟を持っていただきたいのです。ペットとは、わけが違います。よろしければ、この子ども斡旋依頼契約書を自宅に送付しますので、署名捺印して返送してください」

と子どもを育てることの重大さを伝えた。私は、今回の夫婦を○金ケースと名付けることとした。

 次の日も、赤ん坊が欲しいと言う電話があった。扱うモノがものだけに、とても電話だけで済むということはない。来社して説明を聞いてもらうのが、最低条件だ。三日後に、来社してもらうこととした。

 来社の際は、できるだけ夫婦での訪問を依頼する。話をしているうちに、赤ん坊の斡旋について、どの程度真剣に考えているかが分かるからだ。初めての来社では、一応説明を聞いて、家で再度検討して連絡するというケースが殆どだ。

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