第3話 NPO法人からの照会
珈琲カップを手にしながら、今日の仕事の段取りを考えていると電話が鳴った。
「はい、ベビーハウスです」
「こちらNPO全国こども福祉支援センターですが、そちらに、赤ん坊はいませんかね。即金で二百万円を支払いますが」
なかなか、ドスのきいた男の声だった。
「当社では、赤ん坊の斡旋はしていますが、そちら様は、個人ではないのですか」
私は、相手の出方をさぐろうと下手に出た。
「いえ、NPO法人です。当社は、お客様のご希望に沿って、いち早く、赤ん坊をお届けすることをモットーとしています。此の度は、それでお電話を差し上げたわけですが」
お客様のご希望に沿って、いち早くという言葉が笑えた。これは、あまり筋がいいものではないと判断した。
「当社も、赤ん坊の斡旋はしていますが、同業他者様への斡旋は、しておりませんので」
と言ってから、代表に回したほうが話しが早いと思った。
「社長、NPO全国こども福祉支援センターと名乗る団体です。電話を回します」
「俺は、社長じゃなくて、代表だと何度言ったら分かるんだ。NPO全国こども福祉支援センターか、ああ、あそこか、あんまり評判が良くないな。電話を回してくれ」
電話の声以上に、ドスのきいた声だった。椅子がくるりと回転し、社長が見えた。受話器を取る。
「ああ、もしもし、おたくかい。評判は聞いているよ」
「当団体をご存じとは、ありがとうございます。こちらは、お客様ファーストで努力している団体です。そちらに、適当な玉はございませんか」
玉と聞いて、代表はにやっと笑ったが、左目は動かない。その上、殆ど視力が無い。学生時代に空手部で練習中に誤って相手の突きが入ったと言っているが、本当のところは誰も知らない。
ヤクザ同志の抗争じゃないかと陰で噂するのを聞いたことがあるが、そうかもしれない。だが、私にとっては、どうでもいいことだ。部下が困っていることを解決してくれれば、相手が誰でも構わない。
「人間を扱っているんだ。それを物のように扱うのは、いかがなもんですかね」
「二百万円を即金でお支払いします。いや、それで難しいのであれば三百万円までなら検討しますが。いかがでしょうか」
代表の声が次第に大きくなってきた。
「人身売買だろう。それでは。あまり、あこぎな真似をしないほうが、いいんじゃないか」
「そっちだって、同じ事をしているじゃないのか。同じ穴の狢が何を言うんだ」
突然、相手が怒ったようだ。
代表の顔がゆがんだ。こういう時はやばい。
「こちらは、弁護士付だ。何なら、たれ込んでもいいんだぜ」
相手が電話を切った。
「ん、切りやがった。仁義を知らないやつらだ。この業界もふざけたのが入り込んで来るようになったな。まあ、いずれ、手入れが入るだろうな」
口ぶりのわりには、興奮している様子ではなかった。それを見て、私は、
「金儲けとなれば、ああいう連中は、何にでも食いついてきますね。しかし、社長じゃなかった、代表、一人に二百万円を即金ということは、受け取った赤ん坊をいくらで養親に渡しているんでしょうね」
「まあ、調べるのはかまわないが、あまり、興味を持たないほうがいいな。そちらに這入り込むと、今の商売が馬鹿馬鹿しくなってくるぞ。最近の若造は……」と言いかけて、代表の話がとまった。
いつの間にか、Jが熱いお茶を運んできていたのだ。グッドタイミングだった。これで、長々しい代表の話を聞かずに、すんだ。いつものことながら、Jの機転には感心する。
先ほどの電話が気になったので、ネットで調べると、HPに、かなりの金をかけているのがわかった。福祉の心、丁寧な対応、秘密厳守、どこよりも安い料金、アフターフォローの充実と至れり尽くせりだ。
ネットで調べると、斡旋業者が増えている。それも、第二種事業をうたっている法人は殆どない。みなNPOだ。こいつらはもぐりだ。
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