第2話 ベビーハウス 組織

 今、この組織に属しているのは、私の育ての親からの紹介だったが、詳しい経緯は、徐々に明らかになるだろう。

 一般社団法人ベビーハウスは、第一課と第二課に別れており、第一課は、自然出産児、第二課は人工出産児を扱っている。人工出産児とは、代理母により産まれた赤ん坊を意味している。第二課への赤ん坊の希望は、それほど多くないが、扱う金額がかなり大きい。米国で代理母の出産を依頼すると、二千万円ほどかかる。

 仕事として面白いのは、第一課だ。誰が来るか分からないところがある。私は第一課に所属している。様々な専門的な知識が必要であり、度胸も必要だ。

 一般社団法人ベビーハウスのオフィスは、○○区の高層ビルの一〇階にある。オフィスの中は、代表室、相談室二、事務室二、ベビー室に別れている。このビルは、かなり昔に建てられたようで、傷みが見られるが、オフィスの中は、代表の意向もあってか清潔だ。

 部屋は、三人が、一ブロックとなり、それぞれパーティションで区切られている。机の上の整理整頓もうるさいほど言われる。整理されているオフィスは気持ちいいが、仕事の能率が上がるかというと話は別になる。私は、適度に乱れたオフィスのほうが心地よいのだが。

 このオフィスの机を始めとして、あらゆるオフィス家具は古ぼけている。代表は、そんなものに出す金はないと常に言っている。だが、どういうわけか、IT関係の投資だけは惜しまない。

 確かに、その意味では進んでいるが、この仕事は、対人関係が主だ。いつでも、案件の進捗状況を把握できる環境は、管理する側にとっては、いいだろうが、何故か息が切れるときがある。常にパソコンのモニターを見ていると、紙というものも悪くはないと思うときがある。

 ただし、この会社でほっとするものが一つある。いわゆるお茶くみの女の子がいることだ。人件費が結構高い今時、こんな娘を雇う理由が分からないが、第一課と第二課に一人ずつで二人居る。

 朝は、美味しいお茶を淹れてくれるし、相談室にもお茶を持ってきてくれる。第一課にいる子の名前は、J、第二課の子の名はAと言った。

 だが、この子達がするのは、お茶くみだけではない。タイピングも早いし、英語も流暢に話す。専門的な事務の手伝いが出来るのだ。勿論、赤ん坊の世話もできる。第一課にいる女の子のほうが可愛いと私は思っていた。

 出勤時、人並みに混じって歩いていると、コート姿が目立ち、吐く息が白かった。高く透き通った青空の下で、マロニエの実が無残に落ちている。マロニエというとパリの空の下という感じがするが、和名は、何と「馬栗」という。馬でも喰わない栗かと思っていたら、馬の治療薬だったという。

 夜、同じ場所を通るとその栗に似た実が、きれいになくなっている。誰かが、清掃でもしているのかと思ったが、そうでもないようだ。

 ある朝、マロニエの木の根元に、小動物が動いているのを見かけた。どうやら、栗鼠の類いだ。こんな都心にも、栗鼠がいるんだと感心してしまう。

 出勤するとJが、珈琲を淹れてくれた。いつもは、自分で淹れるのだが、

「今日は、どうしたのかな」

と声をかける。

「誕生日でしょう、今日は」

「あ、忘れていた。ありがとう」

といいながら、珈琲の香りが、いつものとは違うことに気がついた。

「これは、パナマ産ゲイシャかな」

すると、Jが少し驚いて、

「わかりました。さすがに、珈琲には一家言ありますね」

何事にも、頓着しないほうだが、珈琲だけには、いささか含蓄があるのだ。

 だが、来客があるとき、

「ゲイシャを淹れてくれ」

と頼むと、知らない人は、えっという顔をする。

「芸者を入れてくれ」

と言ったように、受け取られるようだ。初めのうちは、

「あの芸者ではありません」

と言い訳してきたが、最近は面倒で、放っておいている。

「今日の珈琲は、特においしいね」

とJに礼を言う。こうすれば、明日も美味しい珈琲が飲めるはずだ。

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