嫁は元男

@chromosome

第1話 一般社団法人ベビーハウス

 事務室の窓をあけて、春の風を室内に取り入れようとした。三月に入って間もないのに暖かい日が続き、東京では桜の開花予報が聞かれるようになっている。地球温暖化とつぶやき、オフィスビルの十階の窓から外を眺めると、路上を歩く男女の群れが見られた。その群れは、冬のコートから春の装いに移ろうとする意志を持っているかのようにも思えた。

 冷たい外気を浴びて、私は、少しづつだが身体が目覚めてきたのを感じていた。この会社の勤務時間は、午後二時から午後一二時までの八時間だ。かなり変則的だとは思うが、扱うものが特殊なので、この時間帯がベストだと思っている。

 帰宅するのは、最終電車になる。そこから眠ると起床時間は、十時になり、朝食兼昼食を食べて、会社に向かう。だから、午後になって、だんだんと身体に力がみなぎってくる。

 私の仕事は、やくざな仕事だ。人の弱みにつけ込んで、合法的に金銭を搾り取る。もっとも、営利とは、そんなもんだと言われれば否定するつもりはない。肩書きは、ソーシャルワーカーだ。名刺を渡すと、福祉の仕事をしているんですかとか、公的な団体に属しているのですかという質問が返ってくる。

 会社に勤務して、赤ん坊を斡旋する仕事をしている。厳密に言えば、株式会社ではなく、一般社団法人ベビーハウスの従業員だ。社会福祉法の第二種事業の許可を得ている。それで、ソーシャルワーカーと名乗っている。

 大学は、T大を卒業している。卒業後は、国家公務員の上級職として働いたが、くだらない人間関係に我慢することができず、退職し、何度か転職をくり返して今の職場に落ち着いた。

 公務員には、なぜか長男が多い。長男は、命令に従順で、責任感が強いという特性があると言われている。因みに、私は三男だ。退職を申し出たとき、考え直してはどうかと言われた。上司や同僚とそれなりに、折り合いをつけていけば、退職時には、かなり良いポストが待っているという。

 閥に属し、上司にへつらい、同僚とはつきあいつつも、陰で工作をする、私には、そんな器用な真似は出来そうもないが、大部分の人間は、これをなんなくこなしている。私には、適性がないのだ。

 だからと言って、就職するにも、自分を安く売りたくはなかった。給与は、同期の一流企業のそれを上回るものを要求した。その給与以上の仕事ができるとの自負はあった。

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