たとえ報われないとしても

はる

第1話

 朱川薫は、クラスに馴染めていなかった。元々口下手な性格なこともあって、初動のグループ形成に遅れてしまった。気がついたら、クラスで独り、本を読んだり寝たりするポジションしか与えられていなかった。仕方なく、今日も本を開く。古の文学者だけが薫に話しかける。しかし、薫は知らなかったが、周りからは遠巻きに噂されていた。良家のお坊ちゃん。美貌の少年。もう婚約者がいる、など。彼の大人びた仕草が、彼を一目置かせていた。しかし薫はそんなことを知ることはなく、ただあぶれ者としての立ち位置を運命として受け入れていた。

 そんな薫には想い人がいた。結崎誠司。薫とは対照的な少年。スポーツマンシップが身についていて、文武両道、気のいい男で、いつもグループの中心で笑っていた。彼の白い歯をちらちらと見ながら、薫は声をかけられずに、ただひっそりと想いを寄せていた。

 同じクラスに、幼馴染みの白鷺茜がいた。彼女は独りの薫に度々話しかけた。

「薫、国語の宿題やった?」

「うん、やったよ」

「ちょっと分かんないところあってさー、教えてほしいな」

 そうやって薫の得意分野を素直に頼っていた。白鷺茜は薫のことが好きだった。大人しくて無口だけれど、心の優しい薫のことを、彼女は昔から慕っていた。

「薫って、昔から優しかったよね」

「……そう?」

「うん。私が猫拾った時、こっそり電話したらすぐ来てくれて、一緒に神社の裏で育てたでしょ」

「……うん。親になった時は感動したな」

「ね。ちっちゃい猫ちゃんたくさんいたね。……元気でやってるといいなぁ」

「きっとやってるよ」

 薫は微笑んだ。茜は、薫のそういう表情が好きだった。

「茜ー、こっち来て」

「呼ばれちゃった。じゃあね、薫」

「うん」

 手を振って別れる。薫が少し淋しげな表情をしたのを若干の満足で見、友達の方に歩いていった。

 結崎誠司がその脇を通る。自分の席についた彼は、ペンケースを探って、消しゴムがないことに気がついた。

「うわ〜最悪だ、消しゴムがない」

 隣の席の薫は、おずおずと誠司に話しかけた。

「……僕のでよかったら」

 小さい消しゴムを差し出す。

 それを受け取って、誠司は喜色の滲んだ声で言った。

「うわラッキー!サンキュ、朱川」

 消しゴムをちょっと上に上げて、謝意を示す誠司に、薫は頬が緩むのを感じた。

 体育の時間、誠司はバスケットボールで面目躍如の活躍を見せた。体の弱い薫はいつものように見学だ。ひょんな拍子に、ボールが薫の足元に来た。拾っていると、誠司が手を振って薫の元にやってきた。

「わりぃわりぃ、朱川」

「いいよ」

 投げると、それをキャッチした誠司が薫に笑いかけた。

「ありがとな」

 それだけで薫は満ち足りた。誠司の屈託のないところが、臆病なところのある薫には快かった。ああいうふうになれたなら。そう考える時もあった。

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たとえ報われないとしても はる @mahunna

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