19杯目「赤石春花の話11」
8月19日(金)21:00
『不在着信』
8月20日(土)2:00
『はるちゃん、私彼氏できたよ!』
8月20日(土)8:00
私が夜中に千佳から送られたメッセージに気づいたのは、次の日の朝だった。「もか」のツイッターアカウントのプロフィール欄には「8.20start」という意味深な言葉が書き足されていた。
妙な敗北感を覚えたが、それはすぐに消えていった。
(この子のことをちゃんとわかってあげられるのは私だけ。どうせまたすぐ別れるから)
そういった根拠のない感覚に襲われる。2週間ほど前まですぐに彼氏を作っては別れるということを繰り返してきた千佳が、この人で結局落ち着くわけがない。
半ば自分に言い聞かせながらも、もかが明朝4時に投稿した『この人とならずっと一緒に居られる』の言葉に、私はなぜか唇を嚙み締めたまま、仕事に向かうのだった。
8月20日(土)20:00
「ごめんごめん、今日寝坊しかけててLINE見てなかったんだよね」
『そうだったんだ! てっきり無視されたのかと思った……』
無視したかった気持ちはあったんだけどね。そう返信しそうになって、手を止めた。
結局、その日の仕事中はまったく集中できなかった。千佳にどうやって返信しよう、千佳とずっと一緒に居たい、どうにかして彼氏さんと別れさせたい。そんなことばかり考えながら一日が過ぎ、帰宅してすぐに連絡を取っていた。
「無視なんかするわけないよ!」
嘘にまみれた言葉だった。本当は目が覚めて千佳に返信するかどうかずっと悩んでいた。結局千佳に返信する言葉が見つからなかったから返信できなかっただけで。
今日は千佳とは通話をつなげていない。今、千佳は同時進行で彼氏と通話をつなげている。その傍らで千佳は私とチャットで話している。
何度もこういった経験を繰り返している千佳にとっては、通話とチャットを別の人と繋ぐことも手馴れているのだろうけれど、時々千佳からの返信が滞る時間がある。その時、千佳はどんなことを考えているのだろう、彼とどんな話をしているのだろうと想像するだけで不安になるのだった。
『でもね』
少し時間が空いた後だった。たった3文字のメッセージが先行して送られる。
『一番は彼じゃなくて、あなただよ』
「え、どういうこと?」
返信に時間がかかる千佳と異なり、私はすぐに返信する。返信こそ遅いものの、千佳はすぐにメッセージを見ているようだ。
『確かに彼はかっこよくて甘えさせてくれるし、大好きなんだけど、私が素の自分でいられるのははるちゃんの前だけ』
まだ私は、千佳からのメッセージや言葉に一喜一憂する。
「それってどういう……」
少し時間が空いたが、千佳から長文のメッセージが送られてくる。
『私は、親のことが嫌いで、ずっと離れたいって思ってて、でもとってもさみしい思いをしてきた。だから誰かに甘えたかったし、ずっとそんな人を探してきた。はるちゃんは私にとって最高の人だったよ。たくさん甘えさせてくれるし、私のことずっと見守ってくれる。でも、彼は違う。彼は甘えん坊だから私が甘えられる方なの。私の目的は達成されないけど、彼のことは好きだし、彼のために頑張るなら、どんな私でもいいと思った』
「それでも、千佳は彼のことを選ぶんでしょ」
私は少し、いやかなり意地悪なことを言う。けれど、千佳の返信は早かった。
『表向きにはね。でも、私にとって一番大事なのははるちゃんだよ』
「じゃあ私が、その彼氏と別れてって言ったら別れてくれる?」
それから、しばらく千佳から返信は届かなかった。
考えればすごく変なことを言ってしまったと思う。せっかく今日付き合ったばかりの千佳にとっては幸せな時間に、水を差してしまったと後悔した。
他人の気持ちに配慮するのは、親しい間柄であっても当然である。それが大切な人であればなおさら。そんな簡単な思考ですら、止まってしまうくらい今の私は冷静じゃなかった。
落ち着け。
何度もそう自分に言い聞かせて、ベッドの中に入り込んだ。
8月20日(土)23:00
『うーん、それはまたその時に考えるかな。私にとってはどっちも大事』
『はるちゃん、私たち明日デートすることになった! 明日からしばらく彼の家に泊まってくるね』
8月21日(日)21:00
私は仕事が終わると千佳のツイッターに投稿されている写真を眺めていた。
楽しそうに遊園地で遊ぶ姿、アイスを手にもって食べ歩きしている様子も、羨ましいという感情はいつしか無念へと変わっていた。
「ねえ、私どうしたらいいんだろう」
苦しい感情を抱きかかえたまま、私は美鈴に電話をかけていた。
『……まあ、はるちゃんがもかちゃんとどうしたいかによるんじゃないのかな?』
「私がどうしたいか……」
簡単な話ではなかった。千佳の隣に立ちたい。その思いは持ち続けていても、遠く離れた場所で住んでいる私では物理的に千佳の近くにいられるわけじゃない。
『はるちゃんって結構わがままさんよね?』
「え、そうかな?」
『そうだと思ったけどな。だってもかちゃんが幸せになれるかどうかなんて、もかちゃんが決めることなのに、はるちゃんがもかちゃんを獲ろうとしてるんでしょ?』
「うん、確かにそうだね……」
『それに、もかちゃんははるちゃんが一番だって言ってくれたんだから、それで十分なんじゃないの? それに、はるちゃんにとってももかちゃんが一番じゃないでしょ?』
「え、それは……」
『それがすべてとは言わないわよ。だから私ははるちゃんがどういうことをしたらいいのかなんてことは言える立場じゃないしね』
「でも……」
『自分で決めなさい。そらお姉さんからのアドバイスよ』
私は千佳の話になると周りが見えなくなっているようだった。私が抱えている矛盾に気づかないまま、千佳を苦しめてしまっていることもある。
「でも、わかんないんだよ……女の子を好きになったことなんてないし、もしもかに嫌われてしまったら……」
『あら。私ははるちゃんははるちゃんが思ってるより魅力的な人だと感じてるんだけど』
美鈴は優しく話してくれる。時に厳しく私のことを見てくれている。そこにはとても安心感を持てるので、私はやっぱり美鈴に甘えてしまう。
「ありがとう、美鈴ちゃんってなんかすごい大人だよね……」
『まあ、経験だけはしっかりあるからね! 女同士の恋愛で困ったことがあったらいつでも相談に乗るわよ♪』
「え、美鈴ちゃんもそういう経験あるの??」
『あれ、言ってなかったっけ。私レズだよ!』
「え、そうなの!?」
唐突なカミングアウトに私は素っ頓狂な声を出してしまう。きっと大人な女性で、男性との恋愛経験も豊富だと思っていたが、男性ではなく女性だった。確かにそういう意味では意外感はないし納得してしまうし、美鈴に対しての変な偏見もない。
『もかちゃんにフラれたら、いつでも私のところにおいで!』
「やだぁ、冗談として受け取っておくわ」
千佳と過ごしてきた時間は確かに楽しかったけれど、私ももう少し視点を広く持っておくべきだった。
私にはしなくちゃいけないことがある。
大丈夫、何も怖いことなんてない。私には大切な仲間が何人もいて、素敵な縁に恵まれている。だから、自分が思う最高の結末のために、私自身が動かないといけない。
「ありがとう、美鈴ちゃん。なんか私頑張れる気がする」
『何を頑張るのかはわからないけど、応援してるわ』
美鈴との通話を切り、私は千佳にメッセージを送る。
「千佳、やっぱり私ちゃんと話す」
千佳からの返信は帰ってこない。きっと今頃彼氏の家にいるのだろう。僅かな嫉妬心をグッと抑えながら、私はこの日も眠りについた。
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