12杯目「赤石春花の話4」

7月23日(土)14:00

「超だるい」

「先輩、心の声漏れてますよ」

 私は、後輩と二人でイベントの受付をしていた。この炎天下、特典も何もない住宅イベントなんて来る人なんて多くない。この時間は完全に暇をしている。

 夢のマイホーム。そんな言葉が昔のものになった日も久しい。マイホームなんて手に入れても、高額の住宅ローンのために苦しい生活になりたくもない、賃貸で十分だ。という考え方が浸透しつつあり、毎年新築住宅の着工棟数は右肩下がりを続けている。この、まさに斜陽産業に、夢を持って入社したのが1年と少し前。今の私には仕事をいきいきと取り組む気力がなくなっている。

 1年と数か月もすれば、この業界の悪いところも少しずつ見えてくるが、一方で私の隣に座っている無表情な後輩は、私よりも数か月早い段階で、この業界の黒い部分を間近で体験した。先日もクレーム対応に追われた後輩には頭が上がらない。

 私たちのような年数も浅い若手は、こうやって受付業務や雑務に駆り出される。平日休みで土日も出勤している私たちは、土曜日の素敵な昼下がりに家族連れで楽しんでいる様子を見て、気を落とすしかなかった。

「最近、先輩元気ないですね。彼氏さんと何かあったんですか?」

「彼氏に限定しないで。別にあいつとは何もないわよ」

 私よりきらびやかな装いで、この受付に華を添えてくれている後輩は、私に対しての毒を刺す。

「先輩わかりやすいですね。顔に恋愛関係で何かありましたって描いていますよ。彼氏さんより素敵な男性でも見つかったんですか?」

 半分正解。後輩にはどう答えても、顔に出てますよ。と言われるので、私は彼女の顔を見て一息ついた。

「何ですか、その顔」

「私も知りたいよ」

 そう言って私は席を後輩に預けた。


『はるちゃん!はるちゃん!』

 仕事中にも関わらず、突然の通知がなる。その通知音は彼氏からのLINEの通知ではなく、ツイッターの通知音。そのメッセージの相手方が誰なのかは想像に難くない。

「どうしたの、ねこちゃん」

『また私の素敵な彼氏候補ができたの!』

 性懲りもなく、彼女はまた新しい彼氏を作ろうとする。返信が遅かった彼の時も、ストーカー気質な彼の時も、彼女は自身が抱えている寂しさを紛らわせるために、その魑魅魍魎が住む世界に、足を踏み入れるのだ。

(それなら、私でいいじゃない)

 私は自分が抱えている深い闇を奥底にしまって、彼女との会話を続ける。

「今度はどんな人なの?」

『すごく大人で、何より声がすっごく素敵! みずきくんっていうんだけどね~! ものすごい私好みなんだよね! 彼の声すんごくかっこいいの!』

「そうなの、それはよかったじゃない」

 私は心にもない思いをメッセージに乗せて送る。

『ん? 私ははるちゃんのことも大好きだよ??』

「はいはい、私もねこちゃんのこと好きだぞー」

 それは冗談なのか、それとも私のことを見透かしているのかわからなかったが、彼女のその言葉に少しだけ心が揺れ動いてしまう自分もいるのだった。


7月24日(日)18:00

 その後の彼女は非常に安定していた。

 これまで望んでいた精神的支柱が見つかり、彼女がツイッターに現れることも少なくなった。この日は彼女は朝に「今日も眠い」と一言つぶやいた後は何も更新されていない。その環境は、彼女にとって望ましいものであったのは間違いないが、私にとっては毎日のように話していた友人を獲られてしまった感覚に陥り、どうもむずがゆく、腹が立つ。

 普段は彼女から声をかけられることの方が多かったが、私は彼女にどんなメッセージを送ろうかモヤモヤしている。

『はるちゃん!』

 そんなことを考えていると、それを見透かしてか否か、また彼女から都合よくもメッセージが届く。

「どうしたの、ねこちゃん」

 私は平静を装って彼女に返信する。言うまでもなく私の内心は驚き、そして飛び跳ねるほどうれしかった。

『今の彼氏すごくいいの!』

 それはこれまで彼女が私に、助けを求めてくる時のそれとは大きく異なっていた。

「あら、そうなの?」

『そうよ! 私はこの人のために生きてきたんだな、って思った!』

 たった1日や2日の関係性でそこまでお互いの関係性がわかるはずがない。

 けれど、それを正直に彼女に話すことはできない。それは最早嫉妬という言葉を通り越した独占欲に、私自身が飲まれていたからに違いない。

「じゃあ、その人のためにねこちゃんも頑張らないとね」

 求職中である彼女自身は、自分のやりたいことをやるために一生懸命に努力している。その中で自分自身が最も信頼できる人を見つけ、一緒に歩んでいくことに深い意味がある。彼女はこれから、その人と一緒に大きな一歩を踏み出すことになるのだろう。

『うん、はるちゃんありがとう! 私頑張るよ!』

 彼女のそのメッセージは、まるで私とはもう連絡が取れなくなるかのような言葉だった。

 彼女は非常に嫉妬深い性格だった。交際している男や女であれば、恋人に最大限尽くすべき。努力をし、その人に認められるべく、最大の愛をささげるべき。彼女は彼氏のために尽くす。当然その考えを突き詰めていくと、私と話しているこの時間もやがて無くなっていく。

 仕方がないことだ。

 私には彼女のとなりにいる資格はない。

 自分が、女であるから。


 その後、彼女からの連絡はパタリと止まった。

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