11杯目「赤石春花の話3」

7月21日(木)22:00

「ねこちゃん!? どういうこと!?」

『あ、はるちゃんお帰り~!』

 その日も満タンのストレスを耐えきって、家に帰ると真っ先にツイッターを開いていた。3連休も空ける日となると、たまっていた仕事も多く、その日は残業してから帰ってきた。そこで、私は友達となった「ねこ」という名前の友達から、衝撃のメッセージを受け取っていた。

「彼氏ができて別れたの!?」

『そうなのー。だから新しい彼氏探す!』

「いったいどういうこと!?」

 私はその情報にとても混乱していた。彼女は確かに、彼氏を探してツイッターをはじめ、そして都合よく彼氏ができそうになり、そしてできた。その彼氏と、ほんの1日足らずの間で、彼女は別れたという。そのあまりの展開の速さに、私は言葉を失っていた。

『彼氏さ、確かにできたんだけど、そいつ全然返信返してこなくて』

「仕事とかじゃないの?」

『でも、昼休憩とかもあるはずなのに、朝メッセージを送ったのを夕方まで返さないことなんてある!?』

「え、あぁ、確かに?」

 彼女の話す理論には少し無理が混じっているような気がしているが、彼女からの矢継ぎ早のメッセージに、私が押されてしまっていた。

『そうよ! それもその日彼女になったばかりの子だよ!? 普通ラブラブですぐに返信返したくなるものじゃないの!?』

 彼女の言葉がだんだん感情的になる。それは文面だけでもひしひしと伝わってくる。

「でも、すごく仕事が忙しいとかじゃないのかな?」

『そんなことないわよ! だって彼、ツイートしてるもの!!』

「あ……」

 そういうタイプか……。彼女からのメッセージは無視してツイートだけはする。ツイートすることが楽しいと感じるタイプか、あるいは彼女のことをあまり大事に思っていないタイプか……。これは確かにねこちゃんに同情する余地が少しだけ……。

「それなら仕方ないか……」

 彼女の恋人に対する情熱と、彼氏さんの恋人への考え方の違いが、わずかに生まれたことを、彼女が許さなかったとしたら……それにしては彼女があまりに……。

『……私って重いのかな?』

 重すぎると、私は思ってしまった。

 彼女の明るい口調が一転する。その言葉に覇気も勢いもなく、まるで人との間に壁を作っているかのような雰囲気を醸し出す。

「そんなことない。ねこちゃんって声も顔も性格もとってもかわいいから、それをわかってくれる方がきっと見つかるよ」

『そうだといいんだけど』

 二人の間に、穏やかな間が生まれる。直接会って会話しているのとは異なり、その場には何も更新されないメッセージ欄がただ映し出される時間が続く。それは私が本心でなかったとしたから、なおさら、彼女が言ってほしい言葉を紡いで、私は話す。

 私がどんな言葉をかけて上げられればいいのか悩む時間が15分ほど続いた。もうこの場はそれだけにして、また明日になったらメッセージを送ろうと覚悟し、床に就こうとした時だった。

 彼女から一枚の写真が送られてきた。


7月21日(木)24:00

『はるちゃん!これ見て!』

 彼女からは一枚の写真が送られてきた。その写真はLINEのトーク画面のスクリーンショット。特定の人との過去の会話の流れだった。会話の相手は、「まさき」と書かれていて、ただ一言、相手からメッセージが送られているのみだった。

「これ、誰?」

『元カレ!』

「……どの!?」

 夜中の眠い目をこすりながら、彼女のメッセージに返信する。彼女の返信はいつにも増して早く、彼女の身が切迫しているのがわかる。なぜなら、そのメッセージが、元カレと思われる人から、復縁を迫られるものだったからだ。

『今日付き合った彼の一個前の彼だよ。新しい彼氏ができて、別れたって話したら、いきなりこんなの送られてきた……』

「元カレに話したの!?」

 何も、彼女が自身のことを相談する相手はなにも私に限ったことではない。私は彼女の友達になっていたと思っていたが、彼女にとっての友達が、元カレという立場だったとしても、存在するのは、特段不思議なことではないはずだったが、どこか胸の奥がチクリと傷む気がした。

『そう。それでね…』

「どうしたの??」

『……まさきと復縁しようと思う』

「!!??」

 私は、彼女の発言につい声をあげてしまった。24時の寝静まった私の実家に、私の声にならない声がわずかに響く。たったこれだけのことならば、家族が何か私に言うことはない。その代わり、私はまた彼女にかける言葉を失った。

 節操がない。そう言ってしまえばそこまでだ。これは彼女の事情も、すべて聞いたうえでの感想。彼女の心は荒んでいる。誰かが助けてあげなければ、更に悪化する。

 しかし、その役目は、私ではない。女の姿では、彼女の前に立つことはできない。

「え、本当に?」

『うん、私にとって、彼が今までで一番良い彼氏だったから』

 2年以上もの間、同棲していたことがあるらしい。写真も見せてもらった。とても顔立ちが整っていて、少し嫉妬した。それが自分の彼氏と比較してではなく、自分と比較したことに、違和感を覚える。彼との同棲生活の中で、夢ができたらしい。調理師になりたい。非の打つべきところはなく、素敵な将来像だった。

 彼なら、ねこちゃんのことを幸せにできる。

 でも……

「何かあったら、すぐに連絡していいからね」

『うん、ありがとう!』

 彼女は、それから先、返信が帰ってくることはなかった。気が付くと時計は2時になろうとしており、私も彼女へのメッセージ欄を見ることを、あきらめた。


7月22日(金)20:00

 私は、この日も凝りもせずツイッターを触る。彼氏の愚痴も、会社の愚痴も、世の中にばらまくことで、私のストレスは解消される。けれども、私の心の中に少しだけ空いた寂しい穴が一つある。それを解消するためには……

『はるちゃん!』

 どうも、彼女しかいないようだ。

 そして、今日も彼女はトラブルを持ち込んでくる。

「今度はどうしたの!!」

『今、まさきが家の前まで来てる。どうしよう、すごく怖い!!』

 これまでとは常軌を逸した差し迫った脅威に、彼女の言葉が乱れる。一気に私の血の気まで引いてくる。

「何があったの!? とにかく、家から外に出ちゃだめよ!」

『わかった!』

 彼女は今日一日のことを話し始めた。彼女は今、実家に住んでいて就職先を探している。それはまさきと同棲していた都市から電車で2時間かかる場所にあるから、毎日会っていたあの頃に戻りたいまさきは、2時間かけて彼女のところに迎えにきたが、当の本人はすぐに同棲を再開したいとは思っておらず、恐怖心を抱えている。

「なるほどね……」

『け、警察となるとさすがに大事になるとね……』

「うん、さすがにそれは……」

『じゃあ無視し続けよう!楽しいお話しよう!』

 彼女はまさきからの着信を拒否し続ける。インターホンにも反応しない。彼女はとにかく私との会話に集中させた。

 彼女の本当の名前は、大原佳奈という。大学時代は東京に住んでいて、その頃からいろんな男と付き合ってきた。その中で体目的じゃなく、本心から付き合っていた彼は、ほんの2~3人しかいない。彼女が求める愛に共感できる人を、これまでも探し続けている。

 彼女は声がかっこいい人が好みになるようだ。よく寂しさを紛らわすために、通話しながらゲームをするのが好きなようだ。

 自分が求める愛を与えてくれる人、声が素敵な人であれば良い。一方で、たったそんな簡単に求めていることが、今まで数年かけても、見つからなかった。

『もう、女の子でもいいかな』

 彼女が漏らした、たった一言が、私の心の中にズシリと残った。

「そういえば、もうインターホンは鳴りやんだの?」

『あ、そういえばもう聞こえないや』

「ということはもう帰った?」

『はるちゃん! もう家の前にいないよ! 良かったぁ!』

 彼女から送られてきたそのメッセージで、ようやく私も一息つくことができた。当事者でもないのに、すごくホッとした。むしろ当事者でないからこそ、自分の判断が自分に責任が返ってこない分、緊張していたのかもしれない。

「無事ならよかったよ。まさきとはどうするの?」

『さすがに別れるよ……もうこんな思いはしたくないから』

 彼女はとことん反省した様子で話す。彼女は何も悪くない。何かのちょっとしたきっかけが悪かっただけ。

「大丈夫、私が付いてるからね」

 その言葉に、一切の嘘偽りはない。彼女に、安心してもらうために、私は言葉を連ねた。

『ありがとう、今日は寝るね。おやすみなさい』

「おやすみなさい」

 私は、眠りについた。

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