10杯目「赤石春花の話2」
7月19日(火)20:00
ツイッターを弄る私の顔は少し不機嫌だった。
一時間近く話した友人(と私は思っている)の返信をいきなり切って、果てにブロックまでされたのは、これまで数年のSNSの経験の中で初めてだった。
「なんか変な子だったな……」
最近めっきり独り言が増えてしまった。
大学生の頃までは近くになんでも話せる友達がいた。何か困ったことがあれば、すぐに話ができるし、楽しいことがあったらすぐに共有できる。彼氏ができてからもそうだった。彼氏にも楽しいことや困ったことを共有するのと同時に、友達との関係も良好だった。
それが覆ったのは大学を卒業してからだった。私が心から悩みを相談できる相手は彼氏だけになった。その彼氏も、今や仕事に忙殺され、私との関係も希薄になりつつある。
私はネットに居場所を求めた。ネットの前だと、自分の姿をさらけ出せることに気が付いた。
独り言が増えたのは、私の心の底からの気持ちが、現実の友達に向かっての行き場をなくした泡沫に過ぎない。
自然とツイッターを弄る私の手の動きが早くなる。
あのねこちゃんのことを忘れられるように、その代わりとなる自分の友達を探すために、何度も画面をスクロールさせる。
「あっ!!」
私はとある1つのアカウントにたどり着いた。
そのアカウントには、ボイスメッセージと写真、そしてプロフィールが載せてある。
そこに書いてあった彼女の所在、年齢、何より彼女の雰囲気が昨日のねこちゃんと一致した。
「この女!!」
私は反射的に彼女にダイレクトメッセージを送ろうとしていた。
しかし、彼女になんて伝えるべきか。なぜいきなり切ったのか、なぜ私に何も言ってくれなかったのか。
「ねこちゃんだよね? 昨日はお話してくれてありがとう。素敵な彼氏は見つかった?」
私は精一杯の皮肉を込めてメッセージを送った。
案の定、彼女からの返信は早かった。
『笑笑ごめんなさい。まさか別のアカウントばれちゃうとはね! 彼氏はまだだけど、もうすぐできそう。だからアカウント消したの』
「そうなんだ。なら、せめて何か一言欲しかったな……私はねこちゃんともっとお話したいから!」
『あなた、珍しい人だね! いいよ、仲良くしよう!』
「別に普通だと思うよ。私はねこちゃんのこと、友達だと思ってるから!」
私は彼女からの返信にすぐ回答する。返信の内容を考えるだけの時間を要さない。彼女の本心を聞き出すために、私は躍起になる。
『私にメッセージを送ってくる人って、男の人ばかりで、私に彼氏ができたら離れていく人ばかりだったから、なんだか新鮮な気分よ! ありがとう』
私は、その言葉を見て心の中に大きなガッツポーズが浮かんだ。
私は内心、勝ち誇ったニヤケが止まらない中、その日は眠りについた。
7月20日(水)15:00
「そういや、ねこちゃんって仕事とか何してるの?」
水曜の午後。火曜と水曜が定休の私にとっては、若干の憂鬱を感じるような時間。なお、この休みは月曜からの3連休だということも私にとってより一層の憂鬱を感じさせる要因となっていた。
彼女の返信はいつだって早かった。彼女から信頼を得ているのだろうという結果の裏返しなのかもしれないが、それにしてもあまりに早すぎる。そこで気になったのは、彼女が日常生活をどのように過ごしているのかだった。
『私、今は仕事してないよ~』
「そうなの? フリーターとか?」
『ううん、正社員での就職活動中だよ!』
今の自分の憂鬱と入り混じって、少し羨ましさを感じた。
「そうなんだ。前の仕事辞めてから長いの?」
『うーん、前の彼氏との同棲をやめてからだから、2か月くらいかな?』
「今は実家にいるの?」
『そうだよ……』
彼女の日常の生活が少しずつ明らかになっていく。
正直、私は彼女のことを信頼していた。それはすでにしっかりと彼女に会ったことはなくても、彼女の顔や声を知っているから、ということと同時に彼女の話し方やメッセージの返信の速度にも、彼女が嘘をついているようには見えなかったからだ。
だからこそ、彼女との会話の中で、どうしても不可解なことがある。
「ねえ、なんでねこちゃんは私と話してるの?」
それは彼女が、まもなく彼氏ができたそうだというのに、今も彼氏以外の人とかかわりを持とうとしていることだ。それも私に限った話ではなく、新しいアカウントで知り合っている男の人も。
『……少し話が長くなるよ』
彼女は、それまで楽しい口調で話してたところが、淡々とした口調で続ける。
『私は、親から愛されることなく育ってきた。親から厳しく躾けられて一生懸命勉強して大学にも行って、親の思い道理に生きてきた。でも、私はそれに耐えきれなくなって、何度も家出した。それを繰り返していくうちに、やがて親からも期待されなくなって、見捨てられるようになった。それから、大学もやめて元カレの家を転々としてる状態。私は、誰かに愛されたい。それが親からじゃなくてもいいから、誰かに愛されたい。だから、私は私のことを受け入れてくれて、私のことを心から愛してくれる人が現れるまで、人を求め続ける』
彼女は淡々とメッセージを送り続ける。彼女の悲痛な叫びは、やはり偽物ではなく、本当の彼女の気持ちだということも感じられた。
そして私は、彼女の人生と人柄に完全に引き込まれていた。
「それは、彼氏さんじゃダメなの?」
『彼氏でも、いつかは捨てられるかもしれないし、私、重いのよ』
「どういうこと?」
『私ね、この人だって決めたら全部その人に依存しちゃうの。だから返信が帰ってくるのが遅いとかありえないし、そんな人とは付き合えない。だから新しい彼氏がダメだった時のために、また新しい彼氏を探せるように準備してる』
「なんていうか、不純だよ」
『それでもいい。それがネットの関係ってもんなんじゃないかな』
まだ憶測の領域を超えないが、彼女はきっと私よりも何倍も悲惨で凄惨な経験をしてきたに違いない。私の一般的な考えではまだ彼女の気持ちをすべて理解するのは難しいのかもしれない。
『でも、はるは違うよ』
「私? 何が?」
『はるは、私の大切な友達。きっと私のことを見捨てないし、私のことを心配してくれる。だから、もうあなたのことを無下にすることはないから!』
「私は……」
私はその言葉に対しての返答に困ってしまった。彼女のことを心配している。彼女の人生がこれからどうなるのか気になる。彼女がどんな人生を送ってきたのかも気になる。私は、しばらく彼女のもとから離れられないようになるのだった。
7月21日(木)1:00
『はるちゃん! 私、彼氏できたよ!』
7月21日(木)18:00
『はるちゃん、やっぱり私、彼氏と別れた』
私にとって1週間の仕事が始まる木曜日の夜、仕事から帰ると、ねこちゃんからその2通のメッセージが届いていた。
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