無人パブでの激闘


 「直美!大丈夫?」「うん。温泉小にいる時も、ママと話せなくてさびしかった」「ごめんね」二人はガラスをよけて『Young Flowers』へ向かった。

 2階の防音室をローズが開け「この部屋は使う人が少ないの」と二人に言う。「夫を待ちます」「ええ。料理本や児童書も置いてあるわ」ローズは厚手の毛布を2枚渡し、不眠症の男子小学生が待つ相談室へ向かった。


 直美とソファに座り、児童書を朗読していると「児童書って面白いね」と直美が笑顔を見せる。「うん」5冊を読破した時、ジョニーを背中に乗せたオータムが走って行くのが見えた。



 亮介はさすまたの訓練で得た瞬発力で巨漢の猛攻をかいくぐり、振り回す薪をハンマーで粉砕。木製の深皿とワインの貯蔵庫が大破し、グラスが割れる音が響く。

 丸太のような腕でコートの襟をつかまれ気絶しかけた時、巨漢の腰にシャインマスカットの枝で作られた短剣が刺さり転倒した。


 「このパブは就職を目標とする受刑者や、ロンドン警察音楽隊たちの憩いの場だった‼」ブーツについた雪を手で払いパブに入って来たエドワードが、憤怒の形相で巨漢を取り押さえる。

 「ありがとうございます」「礼ならジョニーに言ってくれ」エドワードは鮭茶漬けを食べ終え、雪に埋まっている車を押しに向かった。

  

 

 「亮介‼おかえり」防音室に入ると、10キロマラソンの完走記録をを見ていたみづきが駆け寄って来て、唇が亮介の黒い短髪に触れた。

 「ただいま。直美は?」「1階でジョニーと児童書4冊を読了した」パブでの激闘で腫れ上がった足に気づき、「心配させないで‼」と落涙するみづき。手当てを終えた妻の肩に手を置いて「ありがとう」と言い、落ち着かせた。


 

 1階に向かうと、抹茶色のソファに座っていた直美が「パパ」と手を振る。「ジョニー。ありがとう」

 ジョニーは恥ずかしそうに「オータムが散乱しているガラスに気づき、僕に知らせて来たんです」と亮介に答えた。オータムは好物の中トロを食べ終え、紅茶店の屋根がわらの上でしっぽを回していた。



 ガザ地区生まれで3年前にジョニーたちの通う学校に転入してきた8歳の男児が投げたペットボトルの水が、コーヒーを飲む刑務官の黒髪を濡らした。「4歳の弟はがれきに埋まって死んじゃった!」大声で泣き出した男児を抱きしめ、背中をなでる。

 

 「ごめんなさい」「苦しい気持ちを聞くのが、37年続けている仕事だ」刑務官は首にかけたタオルで髪を拭き、湯気の立つミネストローネとコーンブレッドを男児の前に置く。

 「人を殴りたい気持ちが強い」「そうか。絵日記に書いてみるといい」刑務官は男児と一緒に相談室に入り、常備されている絵日記と鉛筆を渡す。「ラジオ番組でも、気持ちを話していい」「うん。ありがとう」


 




 


 

 



 

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