長者の知恵と憂い


 ワシは寺で暮らすカミツキガメの長者。野菜や果物を食べて得た知恵を、子育てする親や受験生たちに渡す。トマトなら夫婦げんかの回避、白菜は学校生活での困りごとの解決法。

 子どもに重傷を負わせる親や交際相手、盗撮犯の目を凍らせ、改心するまで激痛を持続させる。ロンドンで暮らすアントニオは実兄じゃ。



 男子高校生の実直が、ゴールデンレトリーバーのこんぶを連れ寺にやってきた。「保育士が小さい子を泣かす事件が多いよな。赤ちゃんを連れていてもスマホを見る親も多い」怒りのこもった声で言う実直。「熱意を持って幼子と過ごす保育士もいるがな」と言いながら源次郎が尾に乗せた落ち葉でサツマイモを包み、火を通す。

 

 「刃物を使った事件も多い。タルトが鎌倉駅で女性にナイフを投げようとした覆面の男を梅干しの種で一蹴し、けが人はいなかったらしい」と源次郎。道路の清掃を終えた僧の男性が湯気の立つサツマイモを食べ、嬉しそうな顔になった。

 

   

「え―――ん!ぎゃ―――‼」という泣き声が聞こえ、背中にあざがある3歳のおなごが階段の上に座り込んでいるのが見えた。ワシは大声で泣くおなごに毛布をかけ落ち着かせると、皮をむいたサツマイモを小さくちぎって渡す。

 サツマイモを食べ終え、泣き止んで寝息を立てるおなごを実直が抱っこし、鎌倉警察署に保護。『ちょうじゃさん、さつまいもおいしかった。ありがとう』と大きな字で描かれたウサギの便箋が寺に届いた。

 

 

 


 「俺の母親は交際相手に執着し、高価な首飾りや靴を買わせていた。俺の背中をまな板で殴っていたのを近所の人に発見され、懲役10年。二度と会わねえ」実直が水で濡らした新聞紙で落ち葉を包み、消火してから「こんぶは忍耐力があるよ。小さい子が泣いていると駆け寄るんだ」とこんぶの背中をなで嬉しそうな顔になった。

 


 「SNSの悪用も増加している。不安じゃの」ワシは冷やしたキュウリをかじり、お守りを買っている小中学生と高校生たちをちらりと見る。温泉小校長の男性とDJポリスがマイクを持ち、帰宅する人に「盗撮に注意!」と呼びかける声が響いた。

 「スマホを見続けてると漢字が書けなくなる」実直が小声で言い、「字を書くって大事」と付け加えた。

 



 亮介は授業を終え、直美と靴店に来ていた。「いらっしゃいませ」男性店員が箱から試着用の運動靴を出し、直美に渡す。

 防水でベージュの運動靴を買い店を出た時、男性店員の名札に黄色いインコの羽が

はさんであるのに亮介が気づき、「タルトの羽だ」とバスを待っている時間に小声で娘に言う。強一と慎一の祖父・箋蔵が二人の後ろに並んで新聞を読んでいた。

 「パパありがとう」「ああ。いい靴が買えてよかった」亮介はバス内で児童書を読み、直美と手をつなぎ帰宅した。



 



 

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