0-3.同。~彼女の……赦し。私の、救い~
「奴らのことなんて知らん。何の連絡も受けていない」
「は?」
「私は自分の情報網で、お前がやらかしているのを知った」
「え。ならどうして、私がここに、いると」
クレッセントの連中なら、わかる。その組織力で、私の居場所を突き止めることは可能だ。
でもストックの組織『ラリーアラウンド』は壊滅している。
今彼女は、王国に僅かに残された生存圏で村を営んでいるはずで、もうほとんど誰の手も、借りることはできない状況。
仮に私の事情くらいは分かったとしても、なぜ私が今ここにいると突き止められた?
「コンクパールは最高の眺めだと言ったのは、お前だ。ハイディ。
だからすぐに、ここにいるとわかった」
あ。
学園の……魔法棟の屋上で会った時の、だ。
私が勝手に屋上に出てて、ストックに見つかって怒られて、そのあとちょっと話をして。
「そんな、前のこと、おぼえていたんですね」
「お前と交わした言葉を、忘れたことはない。
だから、約束を果たしに来た」
「やく、そく?――――まさか」
かつて彼女と戯れにした、死に際に果たそうと言った、約束。
そんな、それじゃあ……。
よく見ると、彼女の袖や裾の下から僅かに見える手足が、硬く青い結晶になっている。
ブラウスの襟元……首筋にも出てる。どう見ても、力の使いすぎだ。
あんなに石になっていたら、もう、たすからない……。
彼女が私の方に、歩んでくる。
「にしからのぼって、きたんですか?まもの、だらけなのに」
「時間がないと思ったから、最短ルートで来たんだがな。存外手こずってしまった。
だが……間に合ってよかった」
「なにも、まにあって、ないですよ?」
間近に迫ったその赤い瞳が、深く深く私の目の奥を覗き込んでいる。
その目が多くの言葉より雄弁に、彼女の想いを伝えてくる。
「いいや。私はお前を止めに来たんじゃない。
約束通り――――お前の墓標になりに来た。ハイディ」
ストックが……もうほとんど石になった私を抱きしめる。
こつり、と音がした。
私がずっと持っていた、ロザリオについた赤い石と。
彼女がいつも身に着けている、ブローチの青い石が重なった音。
その瞬間。
自分の中にあった澱みが、恨み辛みや、どうにもならない気持ちが、すべて砕け散ったような気がした。
疲れて病んだ心に、新たな命を吹き込まれたような気すらした。
その身が果てようと言うこのときに。
私の心に……こんな、眩しい光が、差すなんて。
「前に触れたときも思ったが、お前の赤い結晶は、仄かに暖かいな?」
「すと、っく」
「喋り辛そうだな。ならあとは最後まで、私の話を聞いてもらおう」
いや……嫌!まって!
まだちゃんと謝ってない!お礼をいいたいことも、たくさんあるのに!
どれほど危機的状況でも。
ケガして痛くてたまらない時も。
……友達を斬らなきゃならなかった時も。
こんなことを思ったことは、なかったのに。
私――まだ、死にたくない。
体が、口が動かない。
視界が、結晶で赤く染まる。
もう、涙も流せないの?
「ここは、人も、魔物も、来ない。
お前を、一人にしたりは、しない」
真実を知ったときよりも、ずっとずっと深い後悔が沸き上がって、尽きない。
私が短い生涯でたった一人、救うことができた人が、死んでしまう。
嫌。それは、ぜったいに、いや。
ストック――――。
「ハイディ。ああ……しまったな。少し遅かった。
ここまで、石に、なられては――――…………」
死ねない。
この人の、その身を、心を救うまでは。
悪の誹りを受けようとも、理想に尽くした、この気高い人を救うまでは!
<――――――――>
もう、彼女の声も届かないのに、何か聞こえる。
いつも結晶から聞こえて来ていた、雑音に、似ている。
(こんなのあんまりだ)
?
(こんな結末のために10年やってきたのかよ!)
(払った金返せや!むしろ追い課金するからちょっとは救いを!)
(ウ”ヴぉあ”あ”あ”、リィンジアちゃん、リィンジアちゃん……!)
これ、は。
ああ……神の声、ってやつかな?
高位の船乗り――神職が、稀に聞くことがあるっていう……。
ごめんなさい、神様。神様、たち?
私には、こんなことしかできませんでした。
もっとうまくやれてたなんて、言い訳です。
自分で何かするのは、怖かったから。
それとも私、悪事の才能ならあったんでしょうか?
いつも、誰かを救おうとするとうまくいかないのに。
……………………。
ストック。せめて彼女が、いれば。
多くの人を救っていた彼女と、最初から手を取り合えて、いれば。
<――――――――?>
え?最初って、えーっと……。
まって、考えます。
……………………。
彼女が、帝国に誘拐される前。王国にまだいるころ。
自分はそのころ、東の聖国だけど。
いや、あそこから助け出されて、クレッセントに預けられる前なら……。
<――――――――。>
…………なんて?
(……ウィスタリア)
(ウィスタリア)
(ウィスタリア!)
ああうるさい。神様たちが、私の名前を呼んできてて、肝心なところが聞こえないし!
あ、何?
いしが、割れる??
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