1.聖暦1083年。共和国近辺魔境、神器船。再起動。

 ……あたまいたい。われそう。



「――!――――!!……タリア」



 なんだろう。覚えがあるけど、なつかしい、ような。



「ウィスタリア!」


「うぁ!?」



 思わず上半身を起こした。


 頭痛が徐々に収まってきて……意識がはっきりしてくる。


 ハイディって名前をつけられて以来、元々の名前で呼ばれるのは、久しぶりだ。



 ここは……船の、神器船のドックか?


 石造りの床や壁、天井。散らばる何かの箱や荷物。


 床とかが石材……魔石だから、ここは外装部に近いところだな。



 その、大きな箱の1つの陰にいる。


 頭を打って……比較的安全なとこの床に寝かされていた、のかな?これは。


 癖で、左手がロザリオを探す。ある……握り締める。意識が、はっきりとしてくる。



「気づいた!お母さま!!」


「二人とも、奥へ!」


 んん?


 黒目、だいぶ青みがかった黒髪の、10歳くらいの女の子が目の前にいる。


 あと、同じ髪色の女性が箱の向こうで跳ね回って……魔物の生み出す眷属どもと戦ってる。



「フィリねぇ?エリアル様!?」



 フィリねぇ……いきて、る。


 思わず彼女のみぞおち辺りを見る。


 ……服は土埃で汚れているが、それ以外に異常はない。



 頭が、ぼーっとする。


 目の前のことが示唆する奇跡に、心の中がいっぱいになる。


 ほんの少し前まで未練と絶望で染まっていたのに、それを押しのけて希望が溢れてくる。



「大丈夫?ウィスタリア。意識はっきりしてる?記憶失ったりしてない?」



 はっとした。


 いかん。ここで自失してたら、取り返しがつかないことになる。


 しっかり、しなくては。



「…………うん」


 息を、する。



 刺激を受けて、脳が活性化されてくる。


 自然、瞳に蒼い光が灯り始める。


 フィリねぇがそんな私の様子を、不思議そうに見ている。



 記憶は……問題なさそうだ。


 聖暦1079年1の月1の日。私がおおよそ生後半年のときが最初。


 そこから20年分超の記憶が、連続している。いつも通りだ。大丈夫。



 大事な記憶がたくさんある。


 思い出したくない……鮮烈なものも、焼き付いている。



 苦労の数々。失われた人の命。殺した敵。


 私が滅茶苦茶にした、世界。


 殺めてしまった、友達。



 …………蒼い墓石になった、ストック。



 ……それより今のことか。集中しよう。


 あたりを見回しながら、整理し、考える。記憶を引き出す。


 この状況は、覚えがある。確か18年くらい前だ。私はまだ4つ。



 私は王国に生まれてすぐに、東の聖国に浚われた。


 あの国の……1000年前の聖女の血を引くという、特別枢機卿の家で4つまで過ごし、ある時エリアル様と出会った。



 エリアル様は、元は聖国の貴族の侍従。


 強いし賢いし、なんというかこう、だいぶロックな人だ。


 そして聖国での私の扱いにキレて、私を浚い、娘のフィリアルと一緒に出奔した。



 フィリアル……フィリねぇは私の五つ上。


 この時期だと、まだ9歳かな?誕生日早いから、10歳かも。


 この子も、とてもそんな歳とは思えないくらい賢い。ちょっと特殊な能力持ちだから、そのせいかな。



 で、みんなで聖国から逃れたはいいんだけど、王国行きの小型神器船に乗ってるとき……徴税隊に鉢合わせた。


 徴税隊っていうのは、聖国が各国に派遣している、聖教信徒から魔力徴収を行うやつら。


 信徒以外には基本無害だが、さすがに聖国特別枢機卿の子に無理やりされていた私にとっては、控えめに言って敵だ。



 案の定、こちらの素性がばれて戦闘になった。


 奴らは船の制御結晶をぶち壊し、こちらを浚おうとして――魔物に横殴りされて全滅した。


 まわりが魔物だらけの魔境で、魔物の侵入を防いでくれる神器船の制御結晶壊すとか、あほだ。



 奴らが自滅するだけならいいんだけど、船に乗ってた人たちも、巻き添えで皆亡くなってしまった。


 生き残りは私たち三人だけ、だったはずだ。



 エリアル様は今、船に侵入してきた魔物が大量に放った眷属に対して、後退しながら戦闘を行っている。


 この方は大層な武術の達人で、その手を振るうだけで次々と眷属たちが八つ裂きになっていく。


 眷属は大人よりでかいカマキリで、魔物はさらに巨大。……すごい強いんだけどな、こいつら。特にその鎌の手が、固くて鋭い。



 それがなんで、鎌ごとすぱすぱ切られてるんだろう?


 エリアル様の戦うところは数えるほどしか見たことないけど、ほんまやばい。



 ただ、問題は脱出手段だ。


 魔境では、無限に魔物と眷属が襲ってくる。


 奴らを内部に入れない機構を持つ、神器動力の内にいないと、どれだけ強くても圧し潰される。



 船の神器動力は働かない。制御結晶を壊されたから。


 あとは、同じ動力を積んでる車両とかがあれば、あるいは。


 …………ここには、少なくとも一台はあるはずだ。



 ん。少し目を瞑り、頭を休ませる。



 状況整理終了。


 まだあのときと、変わりはない。


 肝心なのは、ここからだ。



 なぜだか、私は記憶のあるまま、18年近く時をさかのぼっているらしい。


 なら、早速それを活かすとしよう。



 あと。


 ハイディと名付けられる前なら――もう「私」は終わりにしようか。


 何の責任もないんだ。子どもの身の丈に合わせて、好きにやろう。



 暗く赤い、目を開く。


 頭を上げては危ないので、座したまま姿勢を変え。



「フィリねぇはエリアル様と一緒に来て!ボクは先に一番奥まで行くから!」



 言って、返事を待たずに走り出す。クルマはドックの奥だったはず。


 体は……だいぶちっこい。まだ4歳だしな。


 けど十分、動いてくれるようだ。痛みやふらつきもない。



 よし、行こう!


 ボクは奥へ一気に駆けだした。

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