1-2.同。~頼りになる愛車と共に~

「あ、こらウィスタリア!!――!――――!!」



 あっという間に離れて……あれ?だいぶ速くない?



 んむ……体は四つだが、長年鍛錬した魔素の使い方が馴染むようだ。


 魔素ってのは人には必ずある物質?粒子?だ。これがエネルギーとして働く状態を、魔力と言う。


 ボクは魔力はないが、魔素のまま身体制御等に使う……武術という技に心得がある。



 体ちっこいから膂力が足りなくて、魔物や眷属相手はちと辛そうだが、これはいい。


 奥に魔物の侵入はまだなさそうだから、ボク一人でも問題なさそうだ。



 障害物を多数乗り越えて……最奥に、ついた。


 あった。


 柱に潰されて一つはおしゃかだが、もう一台の車両は無事だ。



 神器車。神器という、魔物を寄せ付けない機構を組み込まれた車両。


 神器船と同様、魔物だらけの魔境を行くなら、これがないと始まらない。



 神器車は、そのままだとタイヤとかがないので、ただの箱っていうかでかくて砂色の石材だ。


 この武骨なのがたまらんのがよな……何がどう動くのか、想像を掻き立てる。


 ……おっと。それは後にしよう。



 起動には結晶……魔結晶が要る。


 より正しくは、魔結晶が体にできてしまった、人間が。



「…………あった。これだな」



 前の時間では、エリアル様がこのクルマを動かしていた。


 だが現時点であの方は、結晶のできた人ではない。


 自然に体表に魔結晶ができることもあるが、すぐにつくることもできる。



 魔結晶を、体に取り込めばいい。



 だからあの時、エリアル様はどっかの結晶を自分に刺して取り込んで、クルマを動かしていたはずで。


 その時も使ったものと思しき結晶は……二台の車両の間に落ちていた。



 見覚えのある、血のように赤い結晶石。


 薄くて鋭い、楕円気味の石だ。



 …………そうか。今更ながら、理解した。


 こいつはここにあって、エリアル様が取り込んだ。


 そして後に「ハイディ」に移植されたのか。



 普通の魔結晶は、緑か黒だもの。


 赤いのなんて、珍しいと思ってたんだよ。



「よし」



 少し……どちらに刺すか迷って。


 左手に持って、右腕に刺した。



「ぐ!」



 麻酔もないときっつい!


 痛い痛い痛い!!!


 神経が直に痛む!!!!



 ……気づいたら、左手の中の結晶は、なくなっていた。


 右の肘から下がうっすらと赤い……って浸食すごいな!?


 普通、結晶移植したらすぐこんなにならん……あれ?色が薄くなっていく。



 刺した傷口も、ない。もう、痛みもない。なんだこいつ。


 垂れた血がなかったら、刺したかどうかすら覚束ない。


 こんな症例、見たことない……エリアル様は石ができていたのに、どうして。



 おっといけない、後ろから激しい音が響いてくる。


 とにかく、クルマで二人のところに行かないと。


 考えるのは、全員無事に生き延びてからだ。



 石材側面に右手を押し付けると、セキュリティロックが解けて扉が現れる。


 運転席のドアを開ける。中は5、6人程度が問題なく乗れる広さかな。


 標準的な、ワンボックス・ファイブドア・スリーロウシート構造だ。



 神器車はそのままだと見た目は思いっきり石。


 この石は神器用素材の一つ。名前はそのまんま魔石。


 ボクは使うだけで詳しくないけど、いろいろ不思議な働きをする。



 ガラス窓はない。作れないこたぁないはずなんだけどね。


 とにかく神器車や神器船のガワは、総魔石構造じゃないとダメらしい。


 ただ、起動すれば内壁に景色が映る。



 身を乗り出して、正面の壁にあるキーボックスに右の親指を押し当てると、車体全体が僅かに浮く。


 石材の外に、外殻魔力流が出たからだ。車体を作る、薄い光の防護膜。



 ボディカラーはベージュ。骨格となるフレームが……あれ?緑じゃないな。赤い。


 フレーム色は普通緑だ。車両側の核結晶で決まるはずだけど……珍しいやつなのかな。


 まぁ形は標準的な流線形、ストリームラインっぽいし。運転に支障はないな。



 さらに運転席にハンドルとペダルが出現した。計器陣、シフトレバー、座席、窓も……ってあれ?ずいぶん装いが豪華だな?


 座席が革張りで……ボクの体格に多少合わせてるのか座りやすい。ふかふかでほどよく固さがある。



 しかも、座ったらハンドルとペダルが近くまで来たよ?ベルトも締まった。ここまでしてくれんの??


 ボクの知ってる神器車は、こんなに内装やらオプションやら豪勢じゃねぇな……。


 高級車ってのはこういうもんなんだろうか。



 とりあえずドアを閉めてロックし、前を向く。


 運転手の見る進行方向は、そのまますべて窓になるため、外がよく見える。


 シートは少し大きいが、ハンドル、アクセルとブレーキ、シフトレバーが近くにあるから、幼児のボクでも問題なく動かせる。



 よし。シフトレバーでディレクションギアを前方進行に変え、右足でアクセルを踏んだ。


 ボクが魔素制御して全力で走るよりは遅いけど、車体はすぐに十分な加速を得た。



 ハンドルとレバーを握り直し――気を引き締める。


 意外なほど、手に、体に馴染むようだ。



 …………そうだな。


 そういうのはボクの趣味ではないが、お前に名前を送ろうか。



 赤いフレーム。


 伝説の神器車を思わせる、その姿になぞらえて。


 ――――サンライトビリオン。



 陽光よSUNLIGHT十億光年a BILLION light 彼方years までaway


 だっけか。気障な名だが……きっとお前に相応しい。



 その彼方まで。


 ボクに付き合ってもらうぞ。

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