0-2.同。~私の勝手な、言い訳~

「この半島が完全な魔物の領域となれば、彼らは人を襲わなくなり、人の争いも激減する。


 原理は……面倒なのでご容赦を。時間もないですし。


 ただね?やったらできてしまったんですよ。それだけ」


「は?」



 ……ほんと。何度思い出しても、笑ってしまう。



「彼らの言うことを聞いていたら、あなたたちを止めるのにあんなに苦労したのに。


 私が自分で考えてやったら。こんなに簡単にいくつも国を滅ぼせてしまう。


 あの時も――私が思うままに力を尽くしていたら。


 私の家族も、あなたの大切な人たちも、みんな死なずに済んだのです」



 私の家族のことを知った日。


 私の味方のフリしてた船の人たちが、急に悍ましくなった。


 彼らはそのことを、私に隠して、戦わせていた。



 結構、悩んだと思う。私は理由をつけて、船を降りた。



 その日から、いろんな場所を旅して、いろんなことを調べた。


 時に人に教えを請い。時に人の手も借りて。


 自分の足で、半島中を駆けずり回り、持てるものを尽くして多くを知った。



 たぶんそのとき初めて、私は自分の意思で動いていた。



 調べた結果。縁もあって、多くを知り、または解明することができた。


 何度考えても、私は多くの人を、大事な人を救うことができたはずだった。


 それが悔しくてたまらなかった。



 そしてこの人に、ストックに……顔向けできないと思った。



 彼女の多くの仲間を、私は殺した。


 彼女の大事な家族を、私は見殺しにした。


 当時は必要だと思ってやったけど。知ってみれば、何の意味もなかった。



 何もかも、許せなくなった。



 だからせめて、ストックが語った理想が実現するように……争いのない世界のための、最善手を打った。


 調べ尽くしたすべてを使って。


 ただ効率だけを考えて、そのまま実行した。



 うまくいって、しまった。



 きっとあの時も、そうして、いれば。



「そんな『もしも』は、ない」


「――いいえ。議論するに足る価値はありました。実行に移せる力もありました。


 でも私は人の言うことを聞いて、自分の思いを飲み込んで、それを止めました。


 だからあなたには……」


「そんな謝罪が聞きたくて、私はここに来たんじゃない!!」



 …………優しい人。



 こんな大罪人、喋らせても不快なだけでしょうに。


 急速に結晶化が進んで、もう動けないの、見てわかるんだから。


 その左手の炎の刃で、早く私を斬ってしまえばいいのに。



 こっちはもう、神器の一本もないんだから。



 どうして斬りかかってこないんです?


 あなたも、みんなと同じじゃないんですか?



 少し俯くと、自分の真っ赤になった、血染めの服が目についた。


 自身の血は、ほとんどない。これは……友達の、返り血。



 もう痛まないと思っていた胸が、疼く。


 私の命はもう尽きる寸前。それでも、これ以上親しい人に刃を向けられるのは、辛い。



 口元を引き結んで、顔を、あげる。



「そうでしょうとも。クレッセントの連中に、私を止めてって言われて来たんですよね?


 それ、できればやめてほしいんですけどね。


 私が言えたことじゃないですけど、あの人たち、人の心とかないんですよ。


 そこに転がってるの、私と仲良かった人たちですよ?


 私が情で刃が鈍りそうな子たちを、選んで派遣してきたんです。


 ――私を殺しても、どうにもならないのに」



 彼女がさっと周囲を見て、痛ましそうに顔をゆがめる。



 都合、六人。


 私がこの手で、斬って、貫いて、焼いて……殺してしまった人たち。


 岩陰から、その躯が僅かに見えたことだろう。



 中型神器船『クレッセント』は、今あの濁流からは遥か遠くにいる。


 わざわざこなければ、この人たちは生き延びることができた。


 あいつらが安全圏にいるのは――私が、私の友達を犠牲にしたくなかったからなのに。



 私が仕掛けを起こす前に殺してでも止めていれば、確かにこんな事態にはならない。


 だが一度成立してしまえば、覆すことは不可能だ。


 水の流れが変わったことで、形を変えた魔境は、半島に広がっていく。



 確かに、クレッセントの掲げる理念とは、真っ向から対立する状況だ。


 だからといって、事態を止められる可能性もないというのに。


 私の友達を、私を殺すために、派遣するなんて。あの理念狂いどもめ。



 この点は私が、本当に甘かった。奴らは先に、根絶やしにしておけばよかった。


 世話になったからと……情で判断が鈍っていた。


 最後の最後まで、私は救いたい人が、救えなかった。



 私と深く縁のあった人は、もう――ストックだけだ。



 私の体は、すでに動かない。


 ならせめて、彼女に止めなんて刺してほしくない。


 こんな心も枯れた女を、どうかその胸に残さないでほしい。



 ストックを見る。その赤い瞳が、私を見ている。


 彼女は左手に持つ炎の細剣を――私に向けず、地面に刺し、手を放した。



 ――――どうして。



 それは私の望みの通りのはずなのに、私は激しく動揺した。


 彼女から、目が離せなくなる。



 みんなは、話もろくに聞かずに襲って来たのに。


 あなたは、ちがうの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る