8.領都モンストン、冒険者ギルト。夜も更けて。

 ミスティは、ジョッキ二杯で早々に潰れた。


 我々はマッシュをハシュッ、ハシュッと大きなスプーンで平らげながら、ちびちびやっている。


 積まれた大皿は三つずつ。ストックを見ると、目で頷かれた。



「すみません、次、椒辛の腸詰ください。二皿、大盛で。


 あとエールレッドも、もう一杯ずつ」


「は、はい!かしこまりました!」



 給仕の方が丁寧に言って……というか明らかに引いて、注文を厨房に伝えに行った。



「『奢ります!』と言ってた割には、早々に潰れたな」


「いつもそうなんだよ。ほっとけ。


 その分、危ない時に助けてくれる」


「一飯の恩にしては、大きく返されるな?」


「金欠気味だし、冒険家は飢えることも多いからな。


 受けた恩は忘れないよ」



 ストックが、少し真面目な顔をする。



「お前を止めに来た一人じゃないのか?」


「そうだよ。だからやっぱり、あれは変だ。


 キリエ親分が、ボクを殺しに来ると思うか?」


「……思えんな」



 彼女が、胸元の青いブローチを右手で所在無げに弄りつつ、答えた。



 あの子、一見無茶苦茶だけど、筋の通らないこと大っ嫌いだからなぁ。


 友達が世界滅ぼそうとしてるから殺してきて!って言われたら、まず言ったやつを殴り倒す。


 その後にボクのとこに来て、滾々と説教したあと、じゃあこれから一緒に一人でも助けるぞって連れ回す。



 そもそもクレッセント育ちのボクと違って、純粋培養の王国貴族のキリエが、彼らの言うことを聞く方が変だ。



「もちろん、ミスティもだよ。


 この人の場合はちょっと違うけど、ボクのやったことを実際に止めるか、被害の防止に動ける人だ。


 直接ボクを殺しに来るなんて無駄なことするくらいなら、水流の再変更か、避難や復興を考える」



 ミスティの場合、ボクのやらかしたことを秒で見抜いた上で、次善の手を打ってくる。


 魔境拡大および水害による人的物的被害の拡大防止のために、彼女ならいくらでも立ち回ったろう。



 ミクロ視点だと不運とうっかりで大損害を出す人だけど、マクロ視点だと恐るべき戦略家で、名探偵だ。


 この人は運転させるんじゃなくて、ただの椅子に座らせておいたほうが絶対いい。ぜひ縛り付けておくべきだ。


 ……その椅子を改造してでも、ロケットスタートで冒険に出ちゃうけど。



 だからボクは、ミスティに初手を邪魔されないように密やかに計画を実行した。


 ところが、邪魔はおろか、その後対策が取られた様子もなかった。


 変だなぁとは思ったんだよね……。なんで手遅れになってから、直接対決に来たんだか。



 しかし。



「だが彼女たちは来たんだよ。


 ボクが君を見たときの絶望がわかるかね」


「染み入りそうだな。何の責め苦だ。


 聞くだけでひざが折れそうだ」



 ストックがジョッキの中身をぐびぐび飲んで、空けた。


 ボクも残りを飲む。


 次が来た。腸詰の大皿もだ。



 二人でジョッキを持って、少しだけ合わせる。


 腸詰を片っ端からもぐもぐ食べる。


 この油と肉の、食べちゃダメな感じがいい。魅惑の味だ。辛い。たまらん。



 幼児になってもこの辺が味わえるのはあれか、雷光のせいかな。


 すでにボクの感覚、だいぶ麻痺してるんだろうか。



「……改めて聞くが、事情は話してよかったのか?」



 潰れる前に、ミスティが推理して空白を埋められる程度に、こちらのことを話してある。


 呪いの子も知ってるから、未来からさかのぼってきたことも、ある程度。



「ボクは身に染みてるんだよ、ストック。


 見るだけで真実を言い当てるエリアル様。


 精霊の囁きで知り得ぬことを知る魔導師たち。


 放っておいても推理で辿り着いてくるこの人。


 おまけに、勘でボクの居場所を突き止めてくる侯爵令嬢。


 なぜか二択だと必ず正解を選ぶ人もいるし、予言者だっている。


 手札を伏せるなら、相手が超能力者でないことを確認してからやらないとダメだ」


「宗旨替えか?私にはかつて何度も、全部話すなと言ったお前が」


「いや?必要分を話すのを躊躇わないと言うことだよ。


 前は、伝える必要があると思っても、飲み込んでいたこともある。


 でも、もう無駄だからやめる。組織とか責任とか、ないしな」



 ボクの情報で機密として考えなければならないのは、あまり多くない。


 ボクの本当の家族、あとはサンライトビリオンと、魔結晶か。



 ミスティ相手の場合、家族のことは先に勘づかれたわけだが。


 クルマと魔結晶に関しては、黙っておくつもりだ。


 そもそも言う必要がない。



「ほう。私には必要分は全部話していると?」



 ストックに話していないのは……そういえば一つあるな。


 おそらくは、お互いに。



「んー……話したいんなら、部屋に戻ろうか」


「いつの間に食べ終わったんだ……ちょっと待ってろ」



 残りのエールレッドをちびちびやりながら待つ。


 ……まぁ別にあのことは、話す必要があることじゃないけどね。


 ストックが話したいというなら、語り合おう。

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