8-2.同。~共同じゃないなら、お風呂は一人ずつが淑女のマナー~

 潰れたミスティのことは受付に言伝しておいて、ボクらはカギをもらい、とっておいた部屋へ。


 ……だからなんでベッド一つなんだよ。


 広くていい部屋だけど。ひょっとして風呂付か?



「どうする?」



 ストックが聞いてきたのは……お風呂かな?


「先どうぞ。話は着替えてからでいいでしょ?


 ボクは荷物をとってくるから、カギ持ってくね」



 普通に部屋に来てしまったが、そういや荷物はまだクルマに積んだままだ。



「頼んだ」



 ストックはさっさと奥の部屋に消えてった。あっちが脱衣所かな。


 開けたドアの先がちょっと見えたけど……あれは洗濯機では??


 どんだけ高い部屋にしたんだストック。水回り備わりすぎだろ。



 魔道具……魔道家具はそれなりの流通があるとはいえ、宿につくもんかな。


 それとも、大きい街のギルドの宿ってこんなもんか?



 クレッセントにいた頃も、船を降りた後もだいたい場末の宿屋だったからな……。


 船に乗ってた頃は、経費だから気にしてたんだよ。高いとこ泊まらんかった。


 その後は、車中泊がほとんどだった。場合によっては、宿より快適。



 しかしここは、こんなに便利な国じゃったか。


 多少お高いところは学園くらいしか知らんかったから、新鮮だ。


 そういや学園の寮にも、魔導家具は普通にあるらしかったからな……。



 発展しすぎではこの国。半島でここだけ、文明レベル違いませんかね。



 あれこれ考えながら部屋を出てカギをかけて、廊下を戻ってホールへ。


 奥からも降りられるかもしれないけど……とりあえず表の階段から下に行く。


 駐車場に来たけど、カロナさんとアムールさんはいないな。



 台車に乗っけてた豚もないから、どっか持ってったかな。


 眷属や魔物の買取やってるから、施設のどこかには解体場とかありそうだし。



 サンライトビリオンのセキュリティを解除。


 後部右、運転席後ろのドアを開けて、座席下収納からカバンを2つ出す。



 革張りの四角くて大きい奴だ。……このなめし革って、ファイア領の特産じゃなかったっけ。


 精霊ウンディーネの力で柔らかくしてるとかいう。


 …………ファイア家を出るときにもらったものだけど、値段を想像するのはやめておこう。



 カバン自体はがっしりしてて重いが、中身はまだまだ軽い。魔素を制御し、頭に両方乗せる。


 幼児の服と小物しか入っとらんしな。今回は文明圏の旅だから、楽でいいわ。


 ついでに、ボトルも持っていくとしよう。まだ中身残ってるし。



 ドアを閉め、クルマのセキュリティを掛け直し、再び二階へ上がろうとし――固まった。


 通りの向こう側。別の宿の前から、こちらを見ている人がいる。


 口元が薄く笑っていて……



 慌ててカバンなどを置き、礼をとった。



 頃合いを見て、直ると、もう誰もいない。


 ……そういや見に来るって話だったしな。


 びっくりした。まだ心臓がバクバク言ってる。



 気を取り直して、戻るとしようか。荷物を持って、階段を上がる。


 ホールを……まだ潰れてるミスティの脇を抜けて、奥の宿スペースへ。


 荷物を置いてからカギを開けて、ドアを開く。荷物を引き入れつつ、部屋に入る。



 カバンを置き、ドアを閉め、カギをかけて。


 ボトルは部屋の真ん中にある、小さな丸テーブルに置く。


 とりあえずカバンから、ストックの着替え出してっと。



 ボトルの一つと、着替えを脱衣所の扉前に置いた。



「ストック、聞こえる?」


『ん?ああ』



 ……声が近い。脱衣所で間違いない。


 もう上がったのかよ。



「着替え、ここおいておいたから」


『助かる』



 ドアが開いて手が伸び、着替えと――ボトルを引っ掴んで戻った。


 しばし待つと、飲み干したボトルを持ったお嬢様が出て来た。


 ……ちょっと拭き方雑過ぎない?



「それは手抜きが過ぎないかね、侯爵令嬢」


「風呂の湯を熱くし過ぎたんだよ。汗が引かない。何か飲み物はないか?」


「あげる」



 もう一つボトルを渡す。


 …………一気に飲み干された。


 ストックは空のボトルを小テーブルに置いて、タオルで髪を拭き始めた。



 そんながしがししちゃダメだってば。


 手を添え、代わりに拭いてあげる。


 ボクが拭き始めると、ストックは大人しくなされるがままになった。



「そもそも、出るの早すぎじゃないか?」


「…………ちゃんと全身洗ってる」


「君、頭洗うの苦手だったな。


 洗ってあげようか?」


「…………それはまだ早いと思う」


「何を言ってるんだ。


 君の中身は令嬢なのかおっさんなのか、はっきりしろ」


「両方なんじゃないか?」


「多少、あられもない姿を見られても動じないのに。


 一緒に風呂はダメなのはどういう情緒だ」


「こう、ダメなとこ触りそうで。私が」



 令嬢はいなくて、100%おっさんだった。



「…………そうか。ボクの尊厳のために、一人で入るとするよ」


「そうか……」



 …………そこで残念そうにするなし。


 髪はひとまずはよさそうだ。ボクも脱衣所へ向かう。



「ストック。まだ飲みたいなら、追加の飲み物を下で買っといて。


 ボトル、もう何本か増やしてよかろ。


 髪乾かすのは、あとで手伝ってあげる」


「わかった」

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