6-3.同。~郊外のダンジョンに乗り込む~

 カウンター向こうの受付さんが手続きを進めるのを、ぼんやりと眺める。



「ストック様。ハイディ様も、登録はなさいますか?」


「ええ、台紙をください」


「はい、こちらです」



 まてや。ボクも冒険者登録するんかい。というかできるんかい。


 ストックからボードとペンを受け取って、書きながら彼女をちょっと睨む。



「なぜ4歳児が冒険者登録できる。どんな手を使った」


「実家の裏書」


「君がそれを持てるのもか?」


「その通りだ。王国最強の武人のお墨付きだぞ。不足か?」


「強すぎて腰が引けそうだ」



 やっぱりか。別に年齢制限はないけど、普通断られる。


 高位貴族の実力保証があるから、とれるんだな。


 そしてボクについても、と。どこからどう話がついているのやら。



「……権力は偉大だな」


「義務も膨大だがな」



 まぁ王国貴族は領地や街の経営に加え、自動で最前線送りだからな。


 進んでやりたい職ではあるまい。


 なお、まじめにやらないと精霊に見放され、貴族位を失うので、腐敗とか手抜きは縁遠いそうな。



 他の国の貴族は、ちったぁ王国を見習え。



 それにしてもストック、本名じゃなくて「ストック」を冒険者名義にしてるのか。


 登録名は好きにできるが、後からは変えられない。


 ボクは前のときは「ハイディ」だった。今回も一緒でいいかな。



 「ウィスタリア」って書きかけたのを、直しておく。



「ハイディ様の場合は、神器車を運転できるようですから、歳によらず資格十分ですよ?」



 受付の人が、少し身を乗り出して話しかけてくれた。


 さすがにこのカウンター、ボクらには高すぎるので、そうしてくれると話しやすくて助かる。



 記入したボードの内容をチェックして、彼女に渡した。



「それは重畳。なら、車両間引きも受けられたりするんです?」


「ええ。ちゃんとした契約車両をお持ちなら、どなたでも」


「車両間引き?」


「ああ……ストックは知らんのか。


 神器車が入れる大きさのダンジョンは、そのまま眷属を車両でひき潰すのが一番楽なんだよ。


 人がやるより安全確実だから、できるダンジョンではまず神器車持ち用の依頼を出して、募集をかける。


 人がいるところに神器車が突っ込むと、危ないからね。


 どうしても引き受け手がいなければ、人力での間引き依頼が出る」


「ほう。ならついでに受けていくか?」


「いや、たいがいそれぞれのダンジョン専属の神器車持ちがやってる。


 そうじゃないダンジョンもあるけど、そういうとこは危険度が高いか、そもそも遠い。


 時間かかるぞ?」



 前の時は、船から車でやってきて、そういう時間のかかる依頼を受けたことが何度かある。


 手間はかかるが、実入りはいい。


 ドライブついでに小遣い稼ぎになって、とてもよかった。



 …………おや?


 受付のお姉さんの顔色が、ほんの一瞬悪くなった。


 これさては、あるな。危なそうなところが。しかも、あれが出てるかもしれない。



 少々悩むが、領主の娘が隣にいて、これは見過ごせないな……。



 うーん。


 問題は。仮に危機的状況が、あるとして。


 二人で行って、返り討ちに遭わないか、だが。



「ストック、君どんだけ使えるの?」


「一対一なら、魔物も倒せる」


「すごいこと言うな……あ、そのタグ、ブロンズ3じゃねーか。


 なら戦闘力自体はちゃんとあるのか」



 3まで上げようと思ったら、それなりの回数、討伐に出てなきゃならんだろう。


 その上で、前の時間で暴れまわったこいつが、そんなとこ適当に吹かすわけがない。


 倒せると言った以上、もう倒したことがあるのだ。並みの魔導師が返り討ちに遭う、魔物を。



 なるほど、路銀の出所はそこか。


 魔物倒すと、かなり入るからな。



「お姉さん、スロウポークが出るダンジョンはどこですか?」


「いえ、確認されたわけでは……」


「車両持ちが間引きに行って、戻ってきてないところがあるんでしょう?」


「……まだ1日です」


「普段はどの程度往復にかかるところですか?」


「神器車なら、二時間ほどです」



 アウト。近くの依頼で、一日帰ってこないのは、まずい。危険な兆候だ。


 この国の車両契約には、緊急通報の条文が入っている。


 無料ではないが、これを使って車両故障時に救援を呼ぶことができる。



 できないのは、車両がそもそも破壊された場合。


 事故か魔物かはともかく、報せがないのは危ない証拠なのだ。


 そして懸念すべきは後者。特に魔力流が効かない、スロウポークという魔物が出る場合だ。



 この辺を考慮して、神器車の間引き依頼は、依頼時間の区切りがある。


 締め切りというより、救援を行う目安時間だ。


 往復にかかる時間の5倍程度は見るもので……2時間で往復できるなら、半日戻ってこなかったらもう人をやるべきところだろう。



 お姉さんが「まだ」一日、と言ってるということは。


 依頼を受けた方に、よほど信頼と実績があるのかな。



 ストックを見る。彼女も、こちらを見ている。


 ま、領に魔物がいるかもしれないなら、見過ごせんよな。



 頷き合った。



「カロナさん、教えてください。今すぐ行きます。


 私の領内でのことです。見過ごせません」


「その間引き依頼、受けさせてください。


 成功報酬式だから、前の人が受けていても、受けること自体はできるはずです」


「っ……わかりました。


 本当なら、どなたかつけたいのですが」



 まぁ、子ども二人だしな。


 侯爵令嬢がいるなら、ある意味なおのことだし。



 ああいや……王国の貴族なら、子どもだからって行くなとは言わんか。


 普通の貴族の子どもと扱いが違うもんな。



「神器車でどうにもならない魔物がいるかもしれなくて、ついて来てくれる人はいないでしょう。


 おまかせを。スロウポークなら、狭いダンジョンでも同時に三体まではなんとかなります。


 その上で、ストックは魔物の討伐依頼を達成した経験があるんでしょう?


 なら、資格十分、のはずです」


「……確かに、ストック様は二度の魔物討伐記録がおありです。


 依頼書は、こちらです」


「ありがとう。もらっても?」


「はい。ストック様、タグを」



 ストックがタグを出し、受付の人が細い石のような魔道具を当てる。


 契約印だ。あれは一度タグの内容を転写して、精霊奏上用の手続きに使う。


 カウンターの上で、ギルド側の控えている帳簿に印が押されたようだ。



「手続きいたしました。


 ……どうか、お気をつけて」



 ストックは受け取ったタグを首から下げて、服の中に落とした。


 肌に記録結晶が触れると、自動的に情報の収集が始まる。


 さぁ、冒険の始まりだ。

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