少年Aの口ずさんだ鼻歌を僕は知っている。

そらヤミ

完結

プロローグ

 僕は怖いのだ、聞いたこと感じたことがどこか他人事のようなものにしか思えないことは逃げなのだろう。少し行動した結果が変わるきっかけ、目標に近づくことはできたかもしれないのに、最初の一歩はとてつもなく重いものだった。

僕の人生は平凡だった、家族思いの両親に仲の良い兄弟がいた。平凡どころか裕福な家庭だったのだろう。しかし、僕はそんな家庭において感じたものは僕という存在の何もなさだ。家族という味方は常にいた。しかし居心地の悪さを感じるのは自分が嫌いでどうしよもなかったからだ。

僕はゆがんだ希望を持っていた。どうしようもなく自分が嫌いなのに、何かを成し遂げられるのではないかとありもしない希望にすがって未来の自分に期待ばかりする僕は変化を起こすことはなかった。

 そんな中途半端な自分が、何もない自分を外に出すのが怖くなるのは普通ではないだろうか。


 一章

とまぁ、つまらない前置きはここまでにして、本題に入るとしよう。少年Aが何者なのか、僕と一体どんな関係であるのか少しずつ語っていこうと思う。

少年Aの前に僕という人間についてもう少し語らせてほしい、大事なことなのだ。

 僕は何もないなりに周りに溶け込もうとしていた。方法は簡単だ、仮面を作り出すだけだ。仮面の私は友人ともうまくやっていけるし、何かに心を動かされ固執することもない。表面上は輪の中心にいたり、大きなリアクションをとっていたとしても、心はいつも平凡だった。それが日常で、普通だった。

今にして思えばここからだったのかもしれない、僕の人生で普通の価値観がずれていったのは。

何もない僕ではなく、仮面の私が受け入れられる状況に違和感などなくなっていた時、仮面の私を家族の前でもするようになっていた。家族は「外に出て社交的になってきたんだね」と嬉しそうに受け入れてくれた。そんな仮面の私を客観的に見ながら、何もない僕は他人事のように日々を過ごしていった。

僕には才能があったのか、それとも周りの環境に恵まれていたのかわからない。そんな生活を長く続けていても、何の問題も起こらなかった。おそらくどちらかが欠けても問題は起こっていたと思う。適応という言葉がある、自然とこの形になったのだからこれが普通なのだと僕は納得していた。

仮面なんて一種の手段だ。みんなが自分をさらけ出しているわけではない。そんなこと分かっている。ただ、仮面を常時つけている姿は程度の差はあれ、異質であったと思う。

私は順風満帆に生きていた。何もない僕は傍観者という立場に慣れていた。だからだろうか、気づくのに時間はかからなかったが何もできなかったのは。

委員長になった、きっかけは周りからの応援であった。優等生になった、きっかけは周りからの期待だった。恋もした、きっかけは周りからのヤジであった。ボランティアもした、きっかけは周りからの圧力だった。気づけば私はみんなに都合のいいように扱われていた。いじめなどではなかった。ただ私は自分というものを持っていなかった。何もない僕から生まれたのだから当たり前かもしれない。ただ周りに合わせ、流されて私が元からそういうものであったという都合のいいように変化していった。傍観者である僕はこれでいいと思っていた。これが普通だと思った。


二章

そうした生活が進んでいく中で僕はある少年と出会った。

私の周りには、自分にないものを持つ者がたくさんいた。特にうらやむわけでも妬むわけではなく、すでにそれが普通だった

そんな中で彼に注目したのは当然だったのかもしれない。彼は僕自身と同じように特別な何かを持っているようには見えなかった。しかし仮面をしているように見えなかった。彼はその姿が自然体であるかのようにそこにいた。僕はこのときどう思っていたのだろうか、ただ私は気づけば彼に話しかけていた。気さくに話しかけたつもりだったが、彼は無垢な反応をした、にこやかだった。

今でも思うこのとき、私ではなく僕が声をかけていればなにか変わっていたのだろうかと。

彼と私の初めての対話以降、なにか特別なことが起こるわけでもないまま時間が過ぎていた。僕は彼に注目していたのかもしれないが、私は必要以上に関わることはなかった。私に任せて傍観者である僕としてはそれ以上何かするわけでもしようとも思わなかった。


エピローグ

さて答え合わせだけしておこう。少年Aの正体とは甥っ子である。そんな子に仮面など関係なかった。駆け引きなどなった。一応はここまでこじらしていた自分がそんなに簡単に変わるわけはなかったが詳しく何があったのかはここでは省かしてもらう。

僕は彼に感謝しなければならない、いつしか私が当たり前となっていた時、彼が彼の存在だけが僕の存在できる余地だった。幼いころの記憶がどれだけ残るかは期待しない方がいいだろう。だからこそ私ではなく僕がした鼻歌を少年Aが覚えていなくても僕だけは覚えているだろう。

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