第9話 お嬢様からのお願いを聞き入れました

 自販機でジュースを買おうとしていると、心に声をかけられた。


「光さん、昼食をご一緒しても・・・・・・」


「ごめん、そんな気分にはなれない」


 加奈に新しい彼氏ができるかもしれない。受け入れがたい事実は、非常に重くのしかかっている。


「光さん、どうかしたんですか?」


 光は二人のやり取りの、一部分だけを伝えた。


「加奈さんに想いを告げたら、99パーセントの確率で浮気をするといわれたんですか。そのうえ、新しい彼氏ができるかもしれないのですね。光さんにとっては、大きなショックだったんですね」


「ああ」


 心は独自の理論を展開した。


「99パーセントなら、1パーセントの可能性があります。私は100パーセントなので、覆すことはできません」


 可能性を残すだけで、0パーセント、1パーセントはほとんど同じようなもの。1のうしろに、0がひとつでもついていればよかった。2つだと、完璧だった。


 心はさらに説明を続ける。


「同年代の異性が250万人いたとします。結婚する確率は、1パーセントよりもはるかに低い確率です。結ばれること自体が、奇跡といえるのではないでしょうか」


 1パーセントを低すぎると思っていたけど、話を聞いたことで高い確率であると思えるようになった。


「心さんはすごいことを考えているみたいだね」


「そうですか。特定の男性と、特定の女性が結ばれることは奇跡です」


「心さんのおかげで、少しだけ元気になれたよ」


「いいことを教えたので、ご褒美をいただけないでしょうか」


「ご褒美?」


 心は顔を赤らめつつ、小さい声で話した。


「私の頭をなでなでしてください」


「心さん・・・・・・」


 心は催促するために、頭をこちらに近づけてくる。


「ご褒美をください


 頭を優しく撫でた直後、心は大粒の涙を流した。


「一般人に生まれて、好きな人と恋愛してみたかったです。お嬢様に生まれたために、自由のほとんどを奪われてしまいました」


 親からいわれたとおりに動くだけのロボット。楽しみをすべて奪われ、生きがいすら感じない人生。どんなにお金を持っていたとしても、そのような人生は耐えられない。


「あと1カ月で18歳です。婚約者と籍を入れてしまったら、近づくことはできなくなるでしょう」


「心さん・・・・・・」


「たった一度だけでいいから、ハグをしてみたいです。光さんの体温を、分けていただけないでしょうか」


 心は地面に膝をつこうとしたので、光はストップをかけた。


「心さん、そこまでしなくていいよ」


「私は無理をいっているんです。これくらいは当然のことですよ」


 心の思いに根負けしたらしく、OKの返事を出した。


「今回だけなら・・・・・・」


 数秒後、二つの体は重なることとなった。


「光さん、ありがとうございます。本当にごめんなさい」


 心は一〇分以上にわたって、ハグを続けていた。最初で最後というのを、彼女ははっきりと理解していると思われる。

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