第2話 いざお城へ

「お邪魔します……って、ス、スゴイ……」


 様々な生地の束が整然と積まれた店内を見回していると、白髭を生やした老紳士が店の奥から出てきた。

 腰が曲がっている村の老婦人に対し、こちらの老紳士は背筋がピンと伸びており、体型にピッタリと合ったブラックスーツを着た姿からは品の良さが見て取れた。


「おや、アナタ様がラナ・キュラス様ですかな?」

「は、はい」

「わたくしの名はターチス。お城専属の仕立職人です。よろしくお見知りおきを」


 ターチスという名の老紳士は右手を胸に当て、スマートに会釈をした。

 

「キュラス様はドレスのデザイン画を描かれているとお聞きしましたが?」

「はい。でも、貴族の方々が着るようなドレスを近くで見たことがなくて、細部まで描き切れずに半ば諦めていたのです。そんな時にターチス様を紹介されまして、こうして訪ねた次第です」

「そうでしたか。貴族、特に王族の方々がお召しになられているドレスはどれもこだわり抜かれた最高級品ばかりです。せっかくの機会ですので、この国で一番の品を見た方が良いでしょう」

「一番の品とは?」

「王族のお召し物です」


 一村人にとって貴族のドレスを見られるだけで特別なことなのに、王族の方々のものまで見せてもらえるなんて嬉しすぎる。喜びで頬を紅潮させる私の反応を見て、ターチスは満足げに微笑んでいた。


 ターチスに連れられお城に向かう。お城は街から少し離れた高台にあり、城の入口には甲冑に身を包んだ屈強そうな体型の門番が立っていた。門番はターチスが来たことに気づくと、一礼して門を開けて中に通した。

 なんて美しい場所なんだろう。大門の内側には、様々な花が咲き誇る庭が広がっていた。

 隅々まで手入れの行き届いた庭を眺めていると、樹の下にできた木陰に男性が寝転んでいるのを見つけた。


「ルース様、またそのような所で寝転んで……せっかくのお召し物が悲しんでおりますぞ?」


 『ルース』と呼ばれた男性は、私と同じくらいの年齢だろうか? ターチスの呼びかけに薄っすらと目を開け反応した。


「あぁ、ターチスか。今日はどうしたの? ……そちらの女性は?」

「こちらは、わたくしの知人でラナ・キュラスと申します。本日は仕立屋の仕事の見学のため一緒に参りました次第です」


 寝転んだままだった男性はゆっくりと身体を起こし、調べるように私のことを見た。


「ふ〜ん、仕事の見学ねぇ。それなら良かった。いよいよターチスまで俺の結婚相手を連れて来たのかと思ったよ」

「おやおや、王様があんなに一生懸命探されているのに、まだお妃様候補が決まりませんか?」


 立派な装飾が施された洋服と二人の会話から、ルースが王子であることは想像できた。でもまぁ、地面に寝転んでいたり、飾らないラフな様子を見る限り、私が想像していた王子様像とは随分とかけ離れてはいたが……。

 ターチスが、『王様にご挨拶をした後、仕立屋の仕事を見学する予定』と伝えると、面白そうだからとルースも付いてくることになった。


 庭を抜け、豪華な装飾が施された重厚な扉をくぐるといよいよ城内だ。城内は静かでピリッとした空気に包まれている。

 大広間に向かうまでの間に数人のメイドとすれ違った。みんな一様に、漆黒のメイド服にシワ一つない真っ白のエプロンをつけている。

 私はメイドとすれ違う度に振り返り、その形や質感をあとでデザイン画に起こせるよう、こっそりとメモ紙に描き写した。


「王様、本日は知人の同行をお許しいただき感謝申し上げます」

「礼など良い。ターチスの願いを断るはずがないだろ。ところで、なぜルースも二人と一緒にいるのだ?」


 ルースはいつの間にか私の横に立っていたのだが、突然私の腰に手を回すと、その場にいた全員を驚愕させる一言を発した。


「俺、この人と結婚することにした」

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