第3話 突然の結婚宣言

 ルースの突然の結婚宣言に、一体何が起こったのかすぐには理解できなかった。王様も執事も、この場にいるすべての人の思考が止まっているようだ。

 そんな中、王様の近くに控えていた黒服の執事が先陣を切った。


「ル、ルース様? 今何とおっしゃいましたか?」

「だから、『この人と結婚する』って言ったの。みんなだって早く結婚させたがってたでしょ?」

「いやいやいや! ルース様のお相手は、アナタ様のお父上でもあられる王様と我々執事たちが、未来の女王様に相応しい女性を探しております。今のところルース様のお眼鏡にかなった方はいらっしゃいませんが……。キュラス様は素敵な女性ではございますが、その……ご結婚相手には……」


 ルースと執事のやり取りをまるで他人事のように眺めていると、執事が手を揉みながらチラリとこちらを見て、大変言いにくそうに『身分不相応かと……』と小声で言った。

 自分で言うのもなんだが、執事の言うことは間違っていない。私は何の後ろ盾もない単なる仕立屋で、家族も過去の記憶すらない人間だから、王族の一員ましてや王子の妃になるなんてありえない。そもそも、王子と結婚したいなんて憧れたことすらないし。

 その時、ずっと黙ったままやり取りを聞いていた王様がついに口を開いた。その威厳のある声に、一瞬にしてその場の空気がピリッと重くなる。


「これまで我に内緒で二人は愛し合ってきたのか? この仕立屋の見学と言うのも口実で、実は城に入るチャンスを狙っていたのか?」


 鋭い視線を向けられ緊張が走る。だが、別に内緒にすることや嘘など一つもないのだからここで怯える必要はない。私は背筋を伸ばして王様を真っ直ぐに見た。


「王様、大変失礼いたします。わたくしは仕立屋の仕事に誇りを持っており、本日ターチス様の仕事の見学ができることを大変楽しみにしてまいりました。それに、王子様とは本日お庭で初めてお会いしたので、王子様がなぜこのようなことをおっしゃるのか、わたくしにも全く見当が付きません」

「……ルースよ、キュラス殿がこう言っているが、どうなんだ?」

「そうだよ。今日庭で初めて会って、この部屋に来るまでに『この人と結婚したい』って思った」


 初めて会ったこんな見ず知らずの女と結婚しようなんて、何か策略でも隠されているのだろうか? 横に立つルースの顔を見ても、表情からは何も読み取れない。


「お前は賢い男だと信じている。だから聞くが、これまで会った貴族の令嬢たちではなく、どうしてこの人だと思ったのだ?」

「これまで会った令嬢たちは自分たちを着飾ることばかりに夢中で、王子の妃という立場だけに興味があって、城で働く者たちのことには全く興味を示さなかったんだ。でもこの人は、王族の服の見学とは言ってたけど、廊下でメイドたちとすれ違う度に、メイド服まで必死に紙に書き写しててさ。その仕事に対する一生懸命な姿勢に惹かれて、直感で結婚するならこの人だって思ったんだ」


 ルースの答えを聞き終わっても王様が何も言わないので、話し合いは硬直状態になった。執事は王様とルースの顔を交互に見ながら不安げだ。そして困り果てた末に、なぜか私に助けを求めた。


「キュラス様はお仕事が大変お好きなようですので、もちろんこの結婚は辞退しますよね? ね?」

「えぇ、もちろ――」

「あぁ、仕立屋の仕事は将来王妃になるまでは続けていいよ?」

「ルース様!」

「だって夢中になってる顔に惹かれたんだし、好きなことは取り上げたくない。でもまぁ、王妃になるための勉強とかもあるから無理のない範囲でだけど」

「王様! どうかルース様を止めてください!」


 黙ったまま腕組みをしていた王様だったが、小さくため息をつくと、どこか諦めた様子を見せた。


「キュラス殿、巻き込んでしまって申し訳ない。息子は一度決めたことは絶対に諦めないのだ。そしてその決断にこれまで一度も誤りなどなかった。結婚のことは完全に予想外の展開だが、私は息子のことを信じることにする。これは王命だ。キュラス殿も覚悟を決めてくれ」


 王命を断ることはできない。無茶苦茶な話だが、どうやら私は本当に王子様と結婚するらしい。

 王族の結婚生活なんて想像できないけど、仕事を続けても良いとしてくれたし、どうせ令嬢の代わりなんだから形式上の夫婦になるだけだろう。


「あぁ、そうだ。俺はちゃんとラナと愛し合うって決めてるから、そっちの方も覚悟しててね?」

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