【書籍発売決定記念SS②】決意の朝 寧々side
ぱちり、と瞼を開ける。
カーテン越しの外は仄暗く、雨が窓を叩いている音がした。
「昨日は寝付けなかったな……」
設定しているアラームより少し早くに目が覚めるように規則正しい生活を日々送っているけど、今日はそれよりも早い。
ある人のことを想って気が気でなくて、夜中に何度も目を覚ましていた。
ついに眠ることもできないくらいに意識が覚醒する。
「
呟いて、私は天蓋付きのキングサイズのベッドから体を起こす。
両親が用意してくれた温もりに包まれている私とは違って、新さんは気力がなくなってベッドじゃなくて床とかソファにへたり込んでいるかもしれない。
成人しているとはいえ高校生の私は保護者に守られていることを自覚している。だけど大人である新さんのことは誰が守るんだろう。
姉さんが出て行った後の式場でご友人や会社の方々、私の両親が手伝おうとしても、その全てを断って一人で応対していた彼を思い浮かべる。
悲痛な面持ちながらもそうは感じさせまいと気丈に振る舞う姿に、胸がズキンと痛くなったことを覚えている。
――――行かなくちゃ
一人にしてはおけない、と考えたときには体は動きだしていた。
私はベッドから抜け出て、ドレッサーの前に座り身支度する。
しばらくして、そろそろ仕上げ。
最後に、陽葵と美羽の二人からのプレゼントであるハートのピアスを右耳にさす。
そうすることで二人が私に力をくれるような、そんな気がした。
「うん、頑張るぞ」
小さく頷いてから立ち上がり、キッチンへと向かった。
タイマーが規則正しいリズムを奏でたので私はそれを止め、そのままの手で火を消す。
「いい具合に煮込めてる。到着する頃には味がもっと染みてちょうどよくなるね」
肉じゃがの味見をして納得の行く出来に胸をなでおろす。
レシピを暗記しているほど何度も作ってるけど今日は失敗は許されないので妙な緊張感があった。
肉じゃがは新さんの好物って姉さんから聞いたことがある。
なぜなら姉さんと新さんの初デートのお弁当を私が作ったから。
手料理は本当に好きな人にしか作りたくない、と言って面倒事のように私に押し付けたのだ。
それからもお弁当を何度か作る機会があったから好みは把握している。
そして、二段のお弁当箱に出来上がった料理を詰めていく。
一段目に肉じゃが、それを煮込んでいる間に作っていた塩じゃけや小ネギ入りのだし巻きたまご、といったおかずを詰める。二段目には白米、その上に赤紫蘇のパラパラとふりかけた。
「よし、完成っ」
私はきゅっと拳を握る。
食べてくれるかな、そもそも受け取って貰えるんだろうか。
そんな不安を覚えながらも私は家を出た。
外は酷い雨だった。
使用人が心配をして車で送るか提案されたけど、今から向かうのは学校じゃないからそれを断った。
そもそも車での送迎は中学生のある日を境に辞めるようにしてもらってある。
それでもみんな心配して声をかけてくれる。
恵まれているな、と感謝している。
お弁当を携えて向かう先はもちろん新さんの家。
家から駅まではまだ耐えられたけれど新さんの家の最寄り駅に着いてからは風が強さを増して、それに傘が耐えきれずに折れちゃった。
雨風にさらされて衣服が水分を含み、みるみるうちに色を変える。
スクールバッグの青が群青に移りかわる様子に、私は慌ててベストを脱ぎ去って中に入れているお弁当箱を包む。
私がどうなろうとお弁当だけは死守するんだ。
だって、美味しく食べて欲しいもん。
寒くて、冷たくて、足元が気持ち悪い。
それでも歩みを止めようという気にはならなかった。
ようやくマンションに辿り着いた。
私はエントランスに入ってインターホンの前で深呼吸する。
これから自分がすることを考えて、お腹の底が掴まれたような感覚を覚える。
スカートの裾からポタポタと水滴が垂れる音で、今の自分の姿を顧みる。
エントランスのガラス製の扉に半透明に移る自分に目をやると、朝セットした髪も崩れてて、雨でシャツが張り付いてるし、と思ってふと気づく。
いつもならキャミソールを着て下着が透けないようにしているのに今日に限って忘れてしまっていた。
お弁当を作って会いにいくこと、それだけを考えていたから気が回っていなかったのかな。
だけど、これはちょうどいいかもしれない、と思いつくと同時にこのハプニングすらもこれからすることに利用しようとしている自分に呆れてしまう。
けれど、したたかにならないと奪われることを私は知っている。
それから部屋番号をボタンで押しては取り消しを何度か繰り返したあと、意を決して呼び出しボタンを押した。
押してから、朝早いから起こしてちゃまずいよね、なんて今さらな問題を考えてしまうほどに意識が散漫になっていた。
出て欲しい、でも出ないで欲しい。
相反する気持ちを抱えて、悠久に感じられる一瞬のあと、プツっと小さく音がした。
「お義兄さん、おはよ」
私は新さんの第一声を待たず、思わず挨拶をしてしまう。だめだ、落ち着かないと。
『おはよう
色気のある上品な低音が鼓膜に甘く柔らかく響く。
名前を呼ばれた瞬間に心拍数が上がるのを感じる。
私は年下で義妹になる予定だったから、ちゃん付けで呼ばれている。
可愛がられているようで嬉しいけど、いつか対等に寧々って呼び捨てにされてみたいと思う私もいる。
舞い上がる気持ちを鎮め、考えを振り払う。これから私は悪い子になるんだ。
もう後には引けない。新さんの優しさに付け入ることだと重々承知している。
それでも傷ついた新さんの側に居たい、支えたい、慰めたい。
これは私のエゴだ。
だけど、自分の気持ちはもう誤魔化せない。
声は震えないだろうか、言葉はぎこちなくないだろうか。
なんでもないような顔は作れてるかな。
「お母さんが、お義兄さんにお弁当持って行けっていうから、学校行く前に持ってきたんだけど?」
この日、私は一世一代の嘘をついた。
ねえ、新さん。姉さんの代わりに私じゃダメですか?
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【お知らせ】
いよいよ明日3/1(金)より発売いたします!
応援してくださった皆さまのおかげです。ありがとうございます。
よろしければお手に取っていただますと非常に嬉しいです。
そして、各店舗限定の特典SSもございます。
詳しくは特設ページにてまとめておりますのご確認くださいませ!
どれも新と寧々の二人の甘い展開になっておりますので本編と合わせて
ぜひ、お楽しみください!
特設ページはこちら
https://sneakerbunko.jp/series/hanayome/
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