【書籍2巻発売記念SS①】待っててくださいよセンパイ! 伊吹side
「はっ? センパイが会社を解雇?!」
伊吹は人目も憚らず大きな声をあげた。
一人感情を露わにして浮いているように見えるが、それはオフィスにいる全員の総意のようだった。
『一ノ瀬新課長代理は本日をもって解雇となりました』
突然来た役員による通達。
その内容はオフィスに衝撃を与えるには十分すぎた。
伊吹は立ち上がり理由を問うも、役員は政治家のように要領を得ないことを繰り返すだけ。
(結婚式が台無しになって、おまけに会社まで辞めさせられたなんて……先輩は今頃、とっても辛い状況にいるに違いない)
「私、ちょっと出ます!」
仕事どころじゃなくなった伊吹はカバンを持ってデスクを離れようとするも、一人の男がそれを遮る。
「伊吹ちゃん、どこに行くっていうんだい? もう始業してるいるし、伊吹ちゃんは俺と違って外回りの営業はないだろ」
現れたのは新と同僚で同級生でもある鳳恭平だった。
「どいてください鳳さん、これからセンパイの家に様子を見に行くんです」
「どうどうどう、伊吹ちゃん少し落ち着けって。かわいい後輩が家を訪ねたらそりゃあいつでも嬉しいとは思うぜ」
「か、かわいい後輩……」
伊吹は新が喜んでくれる姿を想像して、少し頬を赤らめる。
まんまと恭平の口に乗せられていることに気づいていないようだ。
「けどよ。あいつのことだから、自分のせいで仕事に穴が空いているっていう方が新自身を追い詰めることになるんじゃねえのか」
「それは……、そうかもしれません」
伊吹は恭平の一言にはっとする。
自分が不在になったことで課に支障をきたしていることを知れば、真摯に仕事に向き合ってきた責任感のある新が気に病むことは、部下である伊吹には目に見えていた。
(これ以上、センパイを精神的に追い詰めるわけにはいかない)
そう思った時、伊吹のスマホが震えた。
それは新からの連絡だった。
『個人のスマホに連絡して申し訳ない――』
社用のPCを使えない新の、謝罪から始まった連絡に、伊吹は思わず苦笑する。
「その様子だと新からみたいだな。俺のところにもきたぜ。ほんと仕事人間だよな。まっ、俺たちにできることは、新がいなくなったこの場所をしっかりと守って安心させることってわけだ」
「はい。私、仕事に戻ります」
(あの人はいつだってそうだ。自分が辛い状況にいるのにも関わらず他人を思いやることばかり。そんなあなただから私は支えていきたいって思うんです)
伊吹はデスクに戻り、新へと電話をかけた。
引き継ぎの詳細を聞くため、というのは建前で新の声を聞きたかったのだ。
ワンコールして、落ち着いたバリトンボイスが鼓膜を揺らす。
挨拶を交わしたあと、仕事の引き継ぎをして、用件を済ませた電話の終わりがけに伊吹は新を安心させるために伝える。
「センパイがとても頑張ってたのは私が一番知っています。正直やっていけるか分かりませんが、もう少しであのシステムも完成します。そうすれば大幅に改善されるでしょう。だから私たちに任せてセンパイはゆっくりしてください」
私になんでも任せてください! なんてことはまだ言えない。そんな薄っぺらい空虚な言葉は、かえって新を不安にさせてしまうだけだから。
それを理解しつつ、現実的な励ましの言葉を伝える。センパイが頑張っていたことは自分が一番知っているという自負の言葉をちゃっかり添えて。
『ありがとう、落ち着いたらごはんにでも行こう』
伊吹の胸がどくんと跳ねる。
(これってもしかしてデートって思っていいのかな? 婚約者がいなくなったし問題じゃないよね? でもいなくなって昨日の今日だから不謹慎かな)
「え、センパイと二人っきりでですか?」
自分を抑えきれずに思わず口をついて出る。
『心配するな、同僚も一緒だ』
(あぁ、そんな心配してないのに! 二人っきりでいいのに!)
「……わかりました」
二人っきりでないことに少々落ち込みながら、伊吹は電話を切った。
「大丈夫、私は私のできることをする。時間ならまだある! 待っててくださいよセンパイ!」
伊吹は柄にもなくシャツの袖をまくり、仕事へと取り掛かった。
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【お知らせ】
11/1(金)本日、書籍第2巻が発売しております!
こうして2巻が出せたのは皆さまのおかげです。
本当に感謝しています。
こちら伊吹の過去編となります。
1巻を読み返していただくときに合わせてお楽しみください。
2巻はほぼ書き下ろしとなっております。
よろしければぜひ手に取っていただけると嬉しいです!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322402001863/
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