第19話 お義兄さん、ちょっといい? (※後半寧々side)

 

 

『お義兄さん、おはよ』


 

「うん、おはよう」


 

 いつものようにドアホン越しに挨拶を交わす。

 だけど、今日の寧々ねねちゃんはどこか元気のないように思えた。


 

「おじゃまします」



「どうぞ」



 やっぱりいつもと違う気がする。

 昨日の帰り、むすっとしてたから機嫌がよくないのかもしれない。


 

 それでもこうしてお弁当を届けてくれるのは、どうしてだろう。



寧々ねねちゃん元気ないんじゃないのか。大丈夫か?」


 

「……充電させて」

 


 俺の問いかけには答えない。

 これは本格的に怒らせてしまったのか。

 しかし、心当たりがない。


 

 ここで追及してもよくない方向に進みそうだったので、俺は寧々ねねちゃんのお願いをきくことにした。

 充電といえばスマホだろう。


 

「スマホの充電器ならあそこにあるから自由に使ってくれていい」


 

「ありがと」


 

 寧々ねねちゃんはとことこと充電器まで向かって、コードをスマホにさして戻ってきた。

 俺は渡されたお弁当をテーブルに広げる。


 

「いただきます」


 

 お弁当のメインのおかずはさわらの西京焼きだった。

 今日も丁寧に作られてて人の温もりが感じられて美味しかった。


 

 しかし、今日は会話が少ない気がした。

 俺も寧々ねねちゃんもすごい喋る方じゃないのだが、やけに静かだ。


 

「ごちそうさま」


 

「おそまつさまでした」


 

 これもお馴染みのやりとりになりつつある。

 少しの沈黙のあと、寧々ねねちゃんが口を開く。

 

 

「お義兄さん、ちょっといい?」


 

 ついに来たか。

 俺は怒られるかもしれないと身構えたが、続く言葉は予想外の内容だった。


 

「ネクタイ貸してほしいんだけど」


 

「ネクタイ?」


 

 こくり、と寧々ねねちゃんは頷く。

 よくみればいつもしているリボンがなく、首元がすっきりしていた。

 俺がリボンを持ってないと判断して、ネクタイで代用しようというわけか。


 

 もしかして寧々ねねちゃんは忘れ物をしたから落ち込んでいたのか?

 機嫌が悪いんじゃなくてよかったと、胸をなでおろす。



「ネクタイならある。でも学校指定じゃないんだが、それでもいいか?」


 

「うん、ネクタイならなんでも。でも高校のネクタイがあればそれが一番いいな」


 

「わかった、探してみるよ」


 

 落ち込んでいる寧々ねねちゃんを励ましてあげるため、俺は探しに向かう。

 恐らくクローゼットの奥の段ボールに眠っているはずだ。



寧々ねねちゃんお待たせ。あったよ、天ヶ峰あまがみね高校のネクタイ」



「え、ほんとにあったの?」


 

「ああ、俺は昔から物持ちがいいんだ。そう簡単に捨てたりしないよ」



「それはとってもいいことだね。お義兄さん、探してくれてありがと」


 

「どういたしまして」


 

 いいながらネクタイを手渡した。

 やった、と寧々ねねちゃんの顔色が明るくなる。



 寧々ねねちゃんは席をはなれ、鏡の前に立つ。

 ネクタイを結ぼうと首にあてがっていたがなかなか結べないでいた。


 

 そうか、これまでリボンだからネクタイを結んだことないのか。


 

「貸してごらん」


 

 見かねた俺は、寧々ねねちゃんのそばまでいきネクタイを拝借はいしゃくする。


 

「ちょっと失礼するね」


 

 そして、寧々ちゃんの前で少しかがむ。

 ほぼ目線が同じになる。


 

 高校生だからプレーンノットでいいだろう。

 俺は慣れた手つきでネクタイを結ぶ。

 


「よし、できた」


 

 幾度いくどとなく繰り返してきた作業。

 ネクタイは堅苦しくて苦手な人もいるが、俺は案外好きだったりする。


 

 うん、ディンプルも綺麗にでてて我ながらばっちりだ。

 


「どうだ、苦しくないか?」



「……苦しい」



 はっ、と顔をあげて寧々ねねちゃんをみると顔が赤くなっていた。

 俺は慌ててネクタイを緩める。



 寧々ねねちゃんは胸をおさえてゆっくりと深呼吸をしていた。



 おかしいな、そんなきつく締めたつもりはないんだが。


 

「ごめん」



「いいの、気にしないで」



 その後、寧々ねねちゃんは結ばれたネクタイを鏡でみながら何度も触って確認していた。


 そろそろいい時間になので、玄関で寧々ねねちゃんを見送る。

 


「そうだ。充電はもう大丈夫か?」

 


「うん、満タンになった」


 

 小さくピースしながら元気よく答える寧々ねねちゃんだった。

  

 

 

 ◇ ◆


 

 天ヶ峰あまがみね高等学校。



「あ、藤咲ふじさきさん。ちょっとまってください!」



 寧々ねねは移動教室に向かう途中で担任の小日向こひなた有希ゆきに呼び止められる。



小日向こひなた先生、なにか御用ですか?」


「いえ、これといって用事はありません。ただ昨日は急に話しかけてしまってごめんなさいって、ひとこと謝りたくて」


 有希ゆきは小さくぺこりと頭を下げる。

   

「謝らなくて大丈夫ですよ。私の大切な時間に割って入ってきたことなんて全然怒ってませんから」



「それ絶対、怒ってますよね!?」

 


 寧々ねねは低血圧な表情であったが、言葉の裏にとげを感じずにはいられない有希ゆきだった。

 


 「うお、藤咲ふじさきさんと小日向こひなた先生が話してる。なんか藤咲ふじさきさんの方が年上にみえるな」

 


 「間違いない。でも小日向こひなた先生、背は小さいけど。胸の方は完全に大人だよな」



 「たしかに。ロリ巨乳ってやつ? 俺、人生ではじめてみたわ」


 

 その様子を遠くからみている男子生徒がひそひそと下世話な話をしていた。

 お互いに学校の話題で名前があがることの多い人物だった。



 「もう怒ってないので、大丈夫です」

 

 「やっぱり怒ってたんですね!? その節はすみませんでした!」

 


 有希ゆきが再度謝って、話が終わったかに思えたそのとき。


 

 「あれ藤咲ふじさきさん、今日はネクタイなんかして珍しいですね」



 寧々ねねのいつもと違う点に有希ゆきは気づく。


 

 有希ゆきは教師としてはまだまだ新米だが人一倍生徒のことに気にかける、良い先生だった。

 その見た目とキャラ、そしてひたむきな姿勢が生徒や保護者からの人気が高い。



 そして天ヶ峰あまがみね高校は標準服こそあれど基本は自由だ。

 自由といっても私服で登校する生徒はあまりおらず、だいたいは標準服にリボンや靴下などで個性を出すことが多い。


 

 そのなかで寧々ねねはいつも標準服のリボンを着ていた。

 なのに今日はネクタイをしているのだから少し目立つ。



 「そうですか?」


 

 「いつもはリボンですよね。……ってそれ! 天ヶ峰あまがみね高校の旧制服のネクタイじゃないですか!」



 服装の自由化は近年、施行されたものだった。

 なので卒業生がみればその柄は馴染み深く、記憶に残っているのだろう。


 

藤咲ふじさきさんどこでそれを……?」


 

「さて、どこででしょう?」



 寧々ねねは不敵に微笑む。



「ま、まさか!! 一ノ瀬いちのせ先生の!?」


 

小日向こひなた先生、声大きいですよ」


 

「す、すみません!」


 

 ぺこぺこと謝る有希ゆき、そのたびに大きな胸が揺れる。

  

 

「まあ小日向こひなた先生がおっしゃったことは正解です。それに朝、結んでもらっちゃいました」


 

 いいでしょ、と言わんばかりにネクタイを触りながら寧々ねねは話す。



「あ、あ、あ、朝!? 気になってたんですが藤咲ふじさきさんと一ノ瀬いちのせ先生とはどういう関係で――」


 

「もう行かないといけないので失礼します」


 

「ああ、待ってください!」


 

 寧々ねねは話を切り上げて移動先へと向かった。


 その後ろ姿をみながら有希ゆきはひとりで考える。


 

「うーん、気になります。もしかして二人はただならぬ関係なんでしょうか? でも昨日は一ノ瀬先生のことおにいさんって呼ばれてましたし。どういうことなんでしょう。考えれば考えるほど分からなくなります。それにしてもネクタイを結んでもらうなんて羨ましすぎます……」



 少ない情報を与えることで相手に拡大解釈をさせるという寧々ねねの作戦だった。

 ひとしきり考えていた有希ゆきだがチャイムの音で我にかえる。


 

「うわっと! 私も授業に行かなくちゃ!」



 こうして寧々ねねの小さな反撃は、勝利で幕を閉じるのであった。

 


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