第16話 お義兄さん、いい……よ?
昼下がりのフードコート。
注文を済ませ、向かいあって席についていた。
どこから話したらいいか。
どこまで話すべきか。考えながら口を開く。
「昔アパートに住んでいたのは小学校高学年から大学卒業くらいまでかな」
「当時は母と二人暮らしだったんだんだけど。うちは裕福じゃなくて狭いところしか借りられなかったから、よく頭をぶつけていたんだ」
昔話としてならここまでだ。
でも
口にはしてないが目がそう訴えている気がした。
「
がやがやとしたフードコートに、この空間だけが切り取られたかのように静寂が包む。
俺はつらつらと話す。
屋敷でメイドとして働いていた母に父親であるあの人が言い寄り、恋愛関係に発展したそうだ。
ただの恋愛関係ならよかったがあの人には本妻がいた。
関係は密かに続いていたみたいだが、いつしか母はあの人との子を
それによって関係が発覚して、屋敷を追い出されひとりで生活をすることになった。
数年後、母は俺とともに連れ戻されることになる。
なぜなら
しかし、
そこで苦肉の策として、あのとき
調査した結果、俺が男だったというわけだ。
俺は教育のために友達と遊ぶことも禁じられて勉強やマナー、作法を徹底的に指導されることになる。
大変だったが母が喜んでくれるなら頑張ることができた。
俺が小学校高学年の頃、本妻はついに男の子を身籠った。
そこで俺はお払い箱になって家を追い出されるというわけだ。
「あの地獄のような環境から抜け出して、また母と二人で住めるようになって嬉しかったことを覚えているよ」
俺は
そこからも様々なことがあったのだが、ひとまずここまででいいだろう。
「そうだったんだね、色々話しさせてごめんね……」
瞳が潤んで、涙が
それでも耐えているのは、泣いてしまえば同情したことになってしまうから。
俺をかわいそうな人にしないためだろう。本当に良い子だ。
「気にしなくていい。むしろ、こんな重い話聞かせてごめん」
――――ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ
突如、手元にある呼び出しベルが鳴る。
「できあがったみたいだし、俺取ってくるよ」
◇ ◆
「お義兄さん、ありがと」
「どういたしまして」
料理を取ってきた俺に
声色が明るくなっており、さっきまでの雰囲気はない。
「「いただきます」」
俺たちが食べているのは、鉄板の真ん中に白米が盛られて、上にはコーンとねぎ、その周りを肉が取り囲んでいるご飯だった。
高校生のとき
ひと口食べて、こんなにも塩胡椒や味のパンチが強かったのかと思う。
クセになる美味しさだが毎日は食べられないな、あの頃はなにも気にせず食べれたのに。
「
「ん? いいよ。なんでも聞いて」
なんでもは聞くつもりはないけれど、承諾はもらえたみたいだ。
「
なのに、世間ずれしていないのが気になってたんだ。
「え、なんだ。そんなことかあ……」
意外な質問が来たようで、少し拍子抜けしているようだった。
なにを聞かれると思っていたんだろう。
「私も前はこういうところ来たことなかったよ。みんなが想像するお金持ちの生活をしてたかな。それが
そこで友達ができて少しずつ世間一般的な常識が身についてきたのだろうか。
「
「ううん、全然普通だよ。みんなしてるし」
手のひらを俺に向けて、そんなところ褒めないでよ、とばかりにぶんぶんと振る。
「バイトし始めは大変だったけど、今ではやっててよかったなって思うの。一時間で貰えるお金がわかって、そこから物価がみえてきて、お父さんがどれだけすごい人でこの生活は当たり前じゃないって知れたから」
すごい。ここまで考えて感じ取れるのは
「そういえば、
「えっと……カフェというかレトロ喫茶店かな?」
レトロ喫茶店?
あまり聞きなれない言葉に興味がそそられる。
最近はいろんなことに興味を持てるようになった。
「時間もあるし、今度行ってみようかな」
「え……」
「だめか?」
「いい……よ?」
「お、本当か? じゃあお店の名前教えてくれないか」
そこからは
俺の高校のときの話などをして盛り上がるのだった。
◇ ◆
ひとしきりモール内を見終えた俺たちは、そろそろ帰ろうかとしていた。
「あーあ、楽しかったなー」
「今日はありがとう」
「
いや、ほとんど俺の買い物だったが。
「でも、ひとつだけ心残りがあるの」
「あぁ、あれか……」
俺はゲームセンターでの一幕を思い出す。
歩き回っているときにクレーンゲームの前を通ったとき、なんとあれがいたのだ。
「『でかかわ』お持ち帰りしたかったのに……残念」
しゅんと、うつむいて口を尖らせる
「何度やっても取れなかったな」
つまり初心者二人で頑張ったのだが、ビクともしなかった。
みかねた店員さんが位置をズラそうとしてくれたのだが、それは違う、と二人の意見が一致して断った。
まあ、取れずじまいで諦めることになったのだが。
「また次だな」
「え、次があるの?」
「ああ、次は取ってみせるよ」
「やった」
よっぽど『でかかわ』のぬいぐるみが欲しいんだろう。
「
突如、名前を呼ばれた。
先生?
あたりを見回すが呼んだとおぼしき人物が見当たらない。
「
下をみれば小さい子がぴょんぴょんとジャンプしていた。
中学生、いや、小学生くらいだろうか。
俺を先生かなにかと間違えているのかもしれない。
「やっとみてくれた〜、もう!」
「えっと迷子センターならあっちだが?」
「違いますよ〜、私こどもじゃありません! 私です、覚えてませんか?
小動物のような女の子、そして名前で思い出す。
「君は、俺が教育実習のときに受け持ったクラスの
「そうです、そうです〜! 覚えててくれて嬉しいです。あ、急に話しかけてお邪魔してしまってすみません! お隣の方は彼女さんですか? それともお嫁さんですか?」
「お嫁さんです」
「こら、そんな冗談いうんじゃない。彼女でもお嫁さんでもないよ。彼女もいないし、結婚もしていないからな」
ここはきっちりと否定する。
最近、
「ちょっと、お義兄さん」
「あー、妹さんでしたか」
ほっと
そして
「って
相変わらず騒がしい子だな。
「
「しらない……」
ふるふる、と
「しらないじゃないですよ! 私、
なに、
世間は狭いな。
「え、でも
「まあ、ちょっと色々あってね」
「わわ、詮索してしまってすみません!」
俺の微妙な様子に、ぺこぺこと何度も頭を下げる
その後、連絡先を聞かれたので交換した。
去り際に
そして知らないおばあちゃんに飴を渡されていた。やっぱり子どもにしかみえない。
俺はなにかしてしまったのだろうか。
ぬいぐるみが取れなかっただけではこうはならないはず。
ひとりの帰り道。
世間からすれば、
なら、なんの繋がりもない赤の他人か?
俺もそうなると思っていた。でも違う。
じゃあ、今の関係はなんなのだろう?
考えても答えはでなかった。
両手にもつ荷物がやけに重く感じたのは、きっと歩き回って疲れたからだ。
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