第16話 お義兄さん、いい……よ?


 


 昼下がりのフードコート。

 注文を済ませ、向かいあって席についていた。


 

 どこから話したらいいか。

 どこまで話すべきか。考えながら口を開く。


 


「昔アパートに住んでいたのは小学校高学年から大学卒業くらいまでかな」


 

 寧々ねねちゃんは俺をじっとみながら聞いている。


 

「当時は母と二人暮らしだったんだんだけど。うちは裕福じゃなくて狭いところしか借りられなかったから、よく頭をぶつけていたんだ」


 

 昔話としてならここまでだ。

 でも寧々ねねちゃんが聞きたいのはそうじゃない。


 

 口にはしてないが目がそう訴えている気がした。

 


一ノ瀬いちのせ家なのに裕福じゃないのは、俺がめかけの子だからだよ」


 

 がやがやとしたフードコートに、この空間だけが切り取られたかのように静寂が包む。


 

 俺はつらつらと話す。


 

 屋敷でメイドとして働いていた母に父親であるあの人が言い寄り、恋愛関係に発展したそうだ。

 ただの恋愛関係ならよかったがあの人には本妻がいた。



 関係は密かに続いていたみたいだが、いつしか母はあの人との子を身籠みごもってしまう。

 それによって関係が発覚して、屋敷を追い出されひとりで生活をすることになった。



 数年後、母は俺とともに連れ戻されることになる。



 なぜなら一ノ瀬いちのせ家もまた男の血筋が跡を継ぐ家系で、本妻は女の子をひとり産んだ後なかなか子宝に恵まれず、跡継ぎ問題になったからだ。

 しかし、藤咲ふじさき家と違って外部から男を招きいれることは禁じていた。

 


 そこで苦肉の策として、あのとき身籠みごもっていた子はどうかという話になった。

 調査した結果、俺が男だったというわけだ。


 

 俺は教育のために友達と遊ぶことも禁じられて勉強やマナー、作法を徹底的に指導されることになる。

 大変だったが母が喜んでくれるなら頑張ることができた。



 

 俺が小学校高学年の頃、本妻はついに男の子を身籠った。

 そこで俺はお払い箱になって家を追い出されるというわけだ。


 

「あの地獄のような環境から抜け出して、また母と二人で住めるようになって嬉しかったことを覚えているよ」


 

 俺はつとめて明るくいう。

 そこからも様々なことがあったのだが、ひとまずここまででいいだろう。


 

「そうだったんだね、色々話しさせてごめんね……」


 

 寧々ねねちゃんはいまにも泣き出しそうなのを必死で堪えているようだった。

 瞳が潤んで、涙があふれそうになっている。


 

 それでも耐えているのは、泣いてしまえば同情したことになってしまうから。

 俺をかわいそうな人にしないためだろう。本当に良い子だ。


 

「気にしなくていい。むしろ、こんな重い話聞かせてごめん」

 


 ――――ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ


 

 突如、手元にある呼び出しベルが鳴る。


 

「できあがったみたいだし、俺取ってくるよ」


 

 寧々ねねちゃんを残して、俺はその場から離れた。


 

 

◇ ◆


 


「お義兄さん、ありがと」



「どういたしまして」



 料理を取ってきた俺に寧々ねねちゃんは労いねぎらの言葉をかけてくれる。

 声色が明るくなっており、さっきまでの雰囲気はない。

 


 寧々ねねちゃんの目元が赤いが、それについては触れない方がいいだろう。



「「いただきます」」


 

 俺たちが食べているのは、鉄板の真ん中に白米が盛られて、上にはコーンとねぎ、その周りを肉が取り囲んでいるご飯だった。

 高校生のとき恭平きょうへいに連れられて一度食べて以来だな。




 ひと口食べて、こんなにも塩胡椒や味のパンチが強かったのかと思う。

 クセになる美味しさだが毎日は食べられないな、あの頃はなにも気にせず食べれたのに。




寧々ねねちゃんに聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「ん? いいよ。なんでも聞いて」


 

 なんでもは聞くつもりはないけれど、承諾はもらえたみたいだ。


 

寧々ねねちゃんって、その……感覚が庶民的だよな。スーパーのときも思ったけど、今だってこうしてフードコートで一緒にごはん食べてるし」


 

 藤咲ふじさき家は一ノ瀬いちのせ家よりも資産があって、寧々ねねちゃんは俺とは違いそこでちゃんと育てられている。

 なのに、世間ずれしていないのが気になってたんだ。


 

「え、なんだ。そんなことかあ……」


 

 意外な質問が来たようで、少し拍子抜けしているようだった。

 なにを聞かれると思っていたんだろう。


 

「私も前はこういうところ来たことなかったよ。みんなが想像するお金持ちの生活をしてたかな。それが天ヶ峰あまがみね高校に入学してから変わったの」


 


 寧々ねねちゃんは中学校はお嬢様学校に通っていたって聞いたことあるな。

 天ヶ峰あまがみね高校は偏差値が高くいろんな人が集まるが、公立高校だから基本的には一般的な家庭の子たちが通っている。


 

 そこで友達ができて少しずつ世間一般的な常識が身についてきたのだろうか。


 

寧々ねねちゃんはバイトもしてるって言ってたよな、しっかり働いてて偉いね」



「ううん、全然普通だよ。みんなしてるし」


 

 手のひらを俺に向けて、そんなところ褒めないでよ、とばかりにぶんぶんと振る。


 

「バイトし始めは大変だったけど、今ではやっててよかったなって思うの。一時間で貰えるお金がわかって、そこから物価がみえてきて、お父さんがどれだけすごい人でこの生活は当たり前じゃないって知れたから」


 

 すごい。ここまで考えて感じ取れるのは寧々ねねちゃんが素直だからだろう。



 

「そういえば、寧々ねねちゃんってなんのバイトしてるんだ?」


「えっと……カフェというかレトロ喫茶店かな?」



 レトロ喫茶店?

 あまり聞きなれない言葉に興味がそそられる。

 最近はいろんなことに興味を持てるようになった。



「時間もあるし、今度行ってみようかな」



「え……」



「だめか?」



「いい……よ?」 


 

「お、本当か? じゃあお店の名前教えてくれないか」


 

 そこからは寧々ねねちゃんのバイト先や学校での友達の話。

 俺の高校のときの話などをして盛り上がるのだった。



 

◇ ◆


 

 ひとしきりモール内を見終えた俺たちは、そろそろ帰ろうかとしていた。


 

「あーあ、楽しかったなー」


 

「今日はありがとう」 


 

寧々ねねの買い物に付き合ってもらったんだよ? ありがとうをいうのは寧々ねねの方だよ」



 いや、ほとんど俺の買い物だったが。


 

「でも、ひとつだけ心残りがあるの」



「あぁ、あれか……」



 俺はゲームセンターでの一幕を思い出す。

 歩き回っているときにクレーンゲームの前を通ったとき、なんとあれがいたのだ。


 

「『でかかわ』お持ち帰りしたかったのに……残念」



 しゅんと、うつむいて口を尖らせる寧々ねねちゃんだった。


  

「何度やっても取れなかったな」



 寧々ねねちゃんは来たことはあるが友達のをみるだけでプレイしたことはなく、俺も同じようなものだった。

 つまり初心者二人で頑張ったのだが、ビクともしなかった。



 みかねた店員さんが位置をズラそうとしてくれたのだが、それは違う、と二人の意見が一致して断った。

 まあ、取れずじまいで諦めることになったのだが。



「また次だな」


「え、次があるの?」



 寧々ねねちゃんの顔が、ぱあっと明るくなる。



「ああ、次は取ってみせるよ」


「やった」



 よっぽど『でかかわ』のぬいぐるみが欲しいんだろう。

 寧々ねねちゃんはぎゅっとガッツポーズをしていた。



一ノ瀬いちのせ先生!」



 突如、名前を呼ばれた。


 

 先生?

寧々ねねちゃんがふざけて呼んできたのかと思ったが、声が違う。



 あたりを見回すが呼んだとおぼしき人物が見当たらない。



一ノ瀬いちのせ先生! 下ですよ〜!」


 下をみれば小さい子がぴょんぴょんとジャンプしていた。


 中学生、いや、小学生くらいだろうか。

 俺を先生かなにかと間違えているのかもしれない。


 

「やっとみてくれた〜、もう!」



「えっと迷子センターならあっちだが?」



「違いますよ〜、私こどもじゃありません! 私です、覚えてませんか? 小日向こひなた有希ゆきです」



 小動物のような女の子、そして名前で思い出す。



「君は、俺が教育実習のときに受け持ったクラスの小日向こひなたさんか?」


 

「そうです、そうです〜! 覚えててくれて嬉しいです。あ、急に話しかけてお邪魔してしまってすみません! お隣の方は彼女さんですか? それともお嫁さんですか?」



「お嫁さんです」



 寧々ねねちゃんは真顔でいう。



「こら、そんな冗談いうんじゃない。彼女でもお嫁さんでもないよ。彼女もいないし、結婚もしていないからな」



 ここはきっちりと否定する。

 最近、寧々ねねちゃんはおふざけが過ぎる気がするな。



「ちょっと、お義兄さん」

 

「あー、妹さんでしたか」



 ほっと小日向こひなたさんは胸を撫でおろしていた。

 そして寧々ねねちゃんの顔をまじまじとみつめて目を見開く。


 

「って藤咲ふじさきさんじゃないですか!」


 相変わらず騒がしい子だな。



寧々ねねちゃん知り合いか?」


「しらない……」



 ふるふる、と寧々ねねちゃんは首を振る。



「しらないじゃないですよ! 私、藤咲ふじさきさんの担任ですよ!?」



 なに、小日向こひなたさんが寧々ねねちゃんの担任だと。

 世間は狭いな。



「え、でも藤咲ふじさきさんと一ノ瀬いちのせ先生、苗字違いますよね。それに一ノ瀬いちのせ先生は結婚してないのに。妹さん?」



「まあ、ちょっと色々あってね」



「わわ、詮索してしまってすみません!」



 俺の微妙な様子に、ぺこぺこと何度も頭を下げる小日向こひなたさんだった。


 

 その後、連絡先を聞かれたので交換した。



 去り際に小日向こひなたさんはつまずいてこけていた。

 そして知らないおばあちゃんに飴を渡されていた。やっぱり子どもにしかみえない。

 


 寧々ねねちゃんは解散するまでむすっとしていた。

 俺はなにかしてしまったのだろうか。

 ぬいぐるみが取れなかっただけではこうはならないはず。



 

 ひとりの帰り道。

 小日向こひなたさんの反応を思い出す。

 世間からすれば、寧々ねねちゃんは俺の義妹じゃなくて、俺は寧々ねねちゃんのお義兄さんではない。



 なら、なんの繋がりもない赤の他人か?

 俺もそうなると思っていた。でも違う。



 じゃあ、今の関係はなんなのだろう?

 

 

 考えても答えはでなかった。

 両手にもつ荷物がやけに重く感じたのは、きっと歩き回って疲れたからだ。






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