第15話 お義兄さん、最後まで付き合ってね?


 

「お義兄さん、それ似合ってる! 次はこれ、着てみて」


 

「わ、わかった」


 

 俺は手渡された服をもって、更衣室のカーテンを閉める。

 寧々ねねちゃんにいわれるがままに着替える。



 

 俺たちは大型のショッピングモールに来ていた。

 朝、寧々ねねちゃんが迎えにきて、ここに連れてこられた。


 

 昨日、気を引き締めていたのはなんだったのか。

 百貨店や路面店でブランドの服でもねだられるんじゃないかと思っていたけど、いらぬ心配だったみたいだ。


 

 そもそも寧々ねねちゃんは人になにかをねだるの女の子じゃない。

 自分のことは自分でしっかりとできる良い子なのに、俺はなにを構えていたんだ。


 

 着替え終わった俺はカーテンを開けて、寧々ねねちゃんにみせる。

 


「どうかな」


 

「わ、こっちも似合ってる。カジュアルなのも良いけどモードっぽいのも似合うね」


 

 ぱしゃりぱしゃり、とスマホで写真をさまざまな角度から撮られる。

 かなり恥ずかしい。


 

「あの、寧々ねねちゃん? 写真撮りすぎじゃないか?」


 

 俺は思わずたずねる。


 

「そ、そんなことないよ。ほら、いろんな服を着たらどれがよかったか忘れちゃうでしょ? あとで見返せるように残してるの」


 

 そう答える寧々ねねちゃん心なしかいつもより早口な気がした。

 

 

 なるほど、写真を撮ることにそんな理由があったのかと納得する。

 多く写真を撮ることでディディールなどの比較もしやすいのかもしれない。


 

 自分ひとりのときは鏡でみるしかできないから、客観的に検討できるのはいい方法だな。


 

 寧々ねねちゃんはおしゃれだから服が好きなのだろう。

 俺にはない知識を持っていて感心する。


 

 好きなものを語るときは早口になってしまうのもうなずける。


 

 今日の寧々ねねちゃんはややカジュアル目な服を着ていた。

 いつものチョーカーに、オフショルダーかつ着丈が短いスウェットにタイトなミニスカートにロングブーツ。

 着丈が短いためそこから細いウエストがみえていて、おへそにはピアスが光っていた。


  

 少し露出が多い気がしたが、これくらいは普通だそうだ。

 実際にモールを歩いていると多くの女性が、肌みせファッションをしていた。


 

 その中でも寧々ねねちゃんの存在感は圧倒的だった。

 俺の目から見ても頭ひとつ抜けているのわかるくらいには。


 

 寧々ねねちゃんは驚くほどの小顔だから、同じ身長の人よりもスタイルがよい。

 ミニスカートから伸びた華奢な足は、陶器のように白くて綺麗だった。


 

「お義兄さん、どうしたの?」


「いや、なんでもないよ」



 寧々ねねちゃんをみていた。なんていえば気持ち悪がられるだろう。

 意識をしていなくても自然と目を惹かれる美しさがあるから困る。


 

「そっか。じゃあ、次はこの綺麗めの」

 


寧々ねねちゃん待ってくれ」


 

 俺が着替えてるあいだに選んでいたのだろう新しい服をもった寧々ねねちゃんに、待ったをかける。


 

「なんかずっと俺の服を選んでないか? 今日は寧々ねねちゃんの買い物に付き合うんじゃなかったのか?」


 

「ん? これが寧々ねねの買い物だよ? お義兄さんの服を選ぶの」



「え、聞いてなかったんだが」



「だって、言ってないもん」


 

 ふふ、と寧々ねねちゃんが悪戯いたずらに微笑む。


 

「お義兄さんには、寧々ねねの着せ替え人形になってもらうね。一度してみたかったんだ男の人の服を選ぶの」


 

 そういうことか、本当に寧々ねねちゃんはファッションが好きなんだな。

 スタイリストとかの職業につきたいのだろうか?



「だから最後まで付き合ってね?」


 

 寧々ねねちゃんは、こてん、と首を傾げる。


 

 俺としては、私服で過ごす機会が増えるだろうから、選んでもらうのは願ったり叶ったりだ。

 ファッションに興味がないわけじゃないが、おしゃれな人に選んでもらったほうがいいことは分かる。


 

「ああ。寧々ねねちゃんの好きにしてくれ」


 

 それからいつくかのショップに入っては、俺は寧々ねねちゃんの着せ替え人形になるのだった。

 

 

 ◇ ◆


 

「お義兄さん、寧々ねねも持とうか?」


 

「ありがとう。でも、大丈夫。全部俺のだからな」


 

 両手にたくさんの紙袋をぶらさげながら俺は歩いていた。

 これで今シーズンの私服には困らないだろう。



 そして、服だけじゃなくお皿も買った。

 流石に自分のものばかり買うのも気が引けたので、寧々ねねちゃんなにか欲しいものはないかと聞くと「お皿がいい」といわれた。

 なんでも一緒に料理を作ったときにお洒落なお皿に盛り付けたいとのことだった。

 


 一緒にお皿を選ぶのはなかなか楽しかった。

 このお皿にはどんな料理を作るか、あの料理ならどんなお皿がいいかなんて話しながら数組みつくろった。

 


 結局、俺のためのものを買うことになってしまったのだが。


 

「それにしても最近の服はなんでもオーバーサイズなんだな」

 


「うん。色々流行りはあるけど、基本はそうだね。お義兄さん身長高いから前は服えらび大変だったんじゃないの?」


 

 寧々ねねちゃんは俺の顔を見上げながらいう。


 

「そうだな。身幅で選ぶと袖が短いし、袖で選ぶとぶかぶかでだらしない感じになるんだ」



 なまじ身長が百八十後半があるから困ることが多かった。


 

「だから昨今の流行のおかげで助かったよ」



「でも、ただオーバーサイズを着たらおしゃれってわけじゃないから難しいよね」



 そう、寧々ねねちゃんの言うとおりだった。

 大きい服が多くなって選択肢は増えたけど、いいバランスを探さないといけないのには変わりない。


 

「そこは寧々ねねちゃんが俺に似合うものを客観的に選んでくれたから問題なかったよ。ありがとう」

 


「ううん、私が選びたかっただけだから」


 

 そういいながらも、足取りが軽くなっている寧々ねねちゃんだった。

 自分の好きな分野を褒められると嬉しいんだろう。

 

 

寧々ねねとしては、お義兄さんがちゃんと自分の好みをいってくれてよかった」



「まあ、自分が着るものだからな」

 


 いろいろ着た中でどれが好きか選んで欲しいといわれたので、僭越せんえつながら選ばせてもらった。

 選んでもらったものを全て買うこともできだが、好みじゃないものを嫌々着るのは違うし、なにより意見交換は大切だ。



「ただ、好みかそうじゃないかというだけで寧々ねねちゃんが選んでくれたものは、自分でいうのもなんだが似合ってたと思う」

 


「そうだよね! お義兄さんはスタイル良いから選ぶの楽しかった」


 

 ずずい、と寧々ねねちゃんが詰めよってくる。

 甘く優しいかおりが鼻をくすぐる。

 


「そ、そうか。楽しんで頂けたようでなによりだ」


 

 寧々ねねちゃんは距離を変えることなく続ける。

 

 

「あ、最近気づいたんだけどお義兄さんってちょっと猫背だよね?」



「なに、猫背になっていたか」



「うん、背が高いのにもったいないよ」


 

 寧々ねねちゃんにいわれて姿勢を正す。


 

「昔に住んでいたアパートがあまり大きくなくて、はりに頭をぶつけることが多かったからそれに合わせるように背中を曲げる癖がついてしまったんだ」


 

 俺は頭をさすりながら、言い訳のように理由を話した。



「ずっと意識していたのにな。気を許すとうっかり昔に戻ってしまうんだ」


 

「気を許すとね……ふうん」


 

 なにか思うことのあるように寧々ねねちゃんは返事をする。

 姿勢をずっと意識できない、だらしない人だと思われているのかもしれない。


 

「あれ、昔に住んでたアパートって? 一ノ瀬家はアパートじゃないよね」


 

 しまった。

 本当に気が緩んでいるのかもしれない。


 

 前のこともあるし寧々ねねちゃんに誤魔化しはきかないだろう。


 

「そうだな。そろそろお昼にしようと思っていたし、ご飯でも食べながら話そうか」


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