第10話 元婚約者side② 綻び



「やっぱ、カップ麺うめえ」


「……うん、美味しいね」


 とある日の昼下がり。

 みなと姫乃ひめのは家で昼ごはんを食べていた。



「どうしたんだ姫乃ひめの? あんまり美味しくなさそうだな。初めて食べたときはあんなに感動してたじゃねえか」



「ううん、美味しいよ。ただ……」



(あれから何度か手料理を作ったあと、みなとくんからこれ食べようぜって言わて食べたカップ麺。家ではこうしたインスタント食品を食べたことがなかったから、昔みんなで登山したときに初めて食べたときは感動したよ? それを覚えててくれて言ってくれたんだと思って嬉しかったけど、でも最近はこればっかり)


 

「あー、味に飽きたってことか。だったらマヨネーズたっぷりかけたら味変でめちゃくちゃ美味いぞ!」



「じゃ、じゃあちょっと貰おうかな?」



みなとくんはなんにでもマヨネーズをかける。味がこってりしすぎててあまり好きじゃない、それにそんなに食べたら太っちゃうし……)



「おう、貰ってくれ。そうだ、この前新作見つけたんだよ、これシーフードホットチリチーズっていうんだけどよ、美味しそうだよなー」



 みなとはポンと手を打って、買っておいた別のカップ麺を取り出して姫乃にみせる。

 屈託のない笑顔を向けられた姫乃ひめのは、喉まで出かかっていた不満を引っ込める。



「し、新作ね! お、美味しそう!」


 

「だろ? 晩飯はこれで決まりだ!」



(ふう、箱入り娘の姫乃ひめのはこうした一般庶民のご飯に興味津々だからな。これで大丈夫だろう)


 みなとは振り返ってため息をつく。


 

「え、今日は私が夜ごはん作るよ? ほら、ここに来た頃の何回かしか作ってないし、そろそろ私の手料理が恋しいんじゃないかな? 美味しいってみなとくん全部食べてたもんね!」



(前に手料理を作ったときはたくさん作っちゃったのに任せろって言って全部食べてくれたの嬉しかったなあ。でも最後にはマヨネーズをかけてたけど……)



「いっ!? ええと……姫乃ひめのの手料理も恋しいけど、式を抜け出して慣れない土地で疲れてるだろうしさ今日はゆっくりしてくれよ」



「そうかな……?」



「そうそう! 自分では元気そうでも実は気疲れとかしてるんだって! 俺のことは心配いらないから大丈夫、今日はこの新作のカップ麺にしようぜ? な? 俺は姫乃ひめのが心配なんだ」



 大粒の汗を垂らし、ぎこちない表情でみなとはいう。


 

「私の心配してくれてるの? みなとくん優しい……。うん、今日もカップ麺にする」



 みなとの様子に気づかず、姫乃ひめのはポーッと顔を赤らめて提案を飲み込んだ。



(あ、あぶねー。今日も姫乃ひめのの手料理を避けることができたぜ)

 

 みなとは姫乃にバレないように汗を服の袖で拭う。



(頑張ってくれてるのは嬉しいんだけど、暗黒物質や未知の液体、この世のものとは思えない味を毎日ってのは流石にキツい。それに料理の材料を買うときも俺のためって言ってデパートで最高級の食材を買おうとするからヒヤヒヤするんだよな。毎回なに買うか悩んで時間が掛かってかなり待たされるし、そんでそれをダメにするし、家計的にも精神的にも辛いものがある)

 


「ごちそうさまでした」


「じゃあ容器捨ててくる」


みなとくんありがとう」

 


 カップ麺を食べ終えたみなとは立ち上がり、自分のと姫乃ひめのが食べた終えた容器を持ってシンクへ行く。



(あーあ、カップ麺やインスタントばっかってのもそろそろ飽きてきたな。はぁ、俺は料理できねえし、久々に瑞稀みずき呼んで手料理作ってもらうか? いや、それとも姫乃に料理を教えるように瑞稀みずきに頼むか? どうにかしねえとな)



 みなとはこのままの食生活ではいけないと感じつつも、解決策は人任せだった。


 

「よし、洗濯物でもすっかな」


「……いつもごめんね」



 みなとの呟きに姫乃ひめのは謝る。


 

「気にすんな。俺は一人で過ごしてる期間が長いからこれくらい平気だって」



姫乃ひめのに洗濯物を任せたら、また前みたいになっちまう。それは勘弁だ)



 みなとは笑顔の裏で、内心で悪態をついていた。


 

 初めてみなとの家に来たときのこと。

 姫乃ひめのに服洗ってくれと洗濯物を頼んだら『クリーニングすればいいの?』と言われてしまった。

 クリーニングなんて普通の服ではあまりしない。いい服だったりスーツやコートくらいだ。

 それを毎日してたらお金はバカにならない。

 


 いつもどうしているのか聞いたら『お手伝いさんにやってもらってる』とのことだった。

 お金持ちの箱入り娘って感じがして面白いと思ったが、今後のことを考えるとみなとは頭を抱えるしかなかった。


 普通はどうしてるのか逆に聞かれたので『洗濯機を使って洗濯するんだ』と伝えた。

 洗濯機に興味を示したようで姫乃ひめのは自分でしてみたいと言った。


 一通り操作を教えてから任せたが、それが失敗だった。

 姫乃ひめのの叫び声を聞いて湊が駆けつけると部屋が泡だらけになっていた。



 どうやら洗剤を一回で全て使い切ってしまったらしい。

 それから掃除だったり、もう一度洗濯したりと大変だった。



 いくら教えても進歩がみられなかったので、洗濯はみなとがすることになったのだ。



(家事って毎日だし、それが分担できないって大変だな……)



 みなとの内心をよそに、姫乃ひめのはある提案をする。



「そうだみなとくん、そろそろご両親にご挨拶したいと思ってるんだけど帰ってくる日はいつになる?」


「挨拶?」


「だって私たち結婚するんだよ? ご挨拶は必要でしょ?」



 姫乃ひめのは左手の薬指につけているおもちゃの指輪をみなとにみせる。

 

「そうだったな。また聞いとくよ」


「うん、お願い! あと、私の両親にも会って欲しいんだけど……」



 姫乃ひめのは言いづらそうに顔を伏せる。



「ああ、そうだな。俺も会って挨拶と謝罪をしないといけねえなって思ってたんだ!」



「ほんと? 考えてくれてて嬉しい。でも、怒られないか心配で……」



「まあ怒られるかも知れねえけど、俺たちは真実の愛をみつけたんだ。しっかりと話し合えば分かってくれるさ」



「そうだよね。これは真実の愛だもんね。分かってくれるよね」


 

 二人は姫乃ひめのの両親に謝り行くことを決めた。

 真実の愛。そう伝えれば両親が理解してくれるなどとどこまでも楽観的に捉えている二人だった。


 自分たちがどうなるのか知るよしもなかった。




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