第9話 お義兄さん、ごちそうさまでした



「「美味しい」」


 

 お互いに一口食べたあとで、また声が揃う。

 これまで通りお義母さんが作った料理は優しい味して、美味しい。


 

 しかし、俺の煮込みすぎて焦げた肉じゃがが美味しいだと?!

 横目で寧々ねねちゃんをみると苦々しい表情を浮かべ、


 

「……くない」



 と、続きの言葉をいう。

 一瞬驚いてしまったが、やっぱりな。



「そうだろ? だから無理しなくていいからな」



「ううん……全部食べる」



 そういって寧々ちゃんはゆっくりと、しかし確実に食べ進めていた。


 

 昨日、自分で作って思ったことが二つある。

 それは料理は難しいということ、そしてこのお弁当は美味しすぎるということだった。


 

「「ごちそうさまでした」」


 

 俺は二段弁当、寧々ちゃんは小鉢ひとつ。なのにも関わらず食べ終わるのは同じだった。


 

「すまないな、変なものを食べさせてしまって」



「大丈夫、私が食べたいって言い出したんだから。お義兄さんは気にしないでいいよ」



「そうか……」


 

 それにしたって申し訳ないことには変わりなかった。

 寧々ちゃんは口もとをハンカチで軽く抑えたあと、俺に尋ねてくる。


 

「お義兄さんて一人暮らし長そうだけど、あんまり料理しないの?」


 

「料理はあんまりだな。基本は調理のいらないものを中心に食べている。ああ、といってもインスタントとはなく納豆や豆腐とか練り物みたいな加工が少ない食品とかにするようにしていたが……」


 

 話している途中で寧々ねねちゃんの目が鋭くなるのを感じたので、なぜか言い訳をするように言葉がつらつらと並べてしまう。


 

 学生時代は勉強にバイト、社会人になって仕事漬けと、料理に時間を割くのは惜しいと思っていた。

 そんな中で納豆はすぐに食べられて安くて美味いから重宝していた。


 

「ふうん。これから自分で料理をしようと思うのはいい心がけだね」


「まあ、それでこのざまなんだがな」


 

 俺は昨日の肉じゃがを思い浮かべて、食べてもいないのに苦い顔をしてしまう。

 突如、寧々ちゃんから予想だにしないことを提案をされる。


 


――じゃあ、料理教えてあげよっか?



「え?」



 俺は思わず聞き返す。



「お義兄さんに料理教えてあげる。って言ってもお母さんにレシピ聞いて、それ通りに一緒に作るだけだけど……」


 

 聞き間違いではないようだ。

 


 料理を教えてもらうなんて作ってもらうよりも手間だろう。

 なにより寧々ねねちゃんが俺なんかに時間を割く理由がない。

 今もこうして、来たくもないおっさんの家に来ているわけだから。



 しかし、俺が料理をできるようになればお義母さんの心配は収まり、弁当を作ってくることもなくなるのでないか。

 そうすれば寧々ねねちゃんもお義母さんのお願いから解放されるのだろうと思い至る。


 

「……お願いしてもいいか?」

 


 俺はその提案を受け入れ、こちらからもお願いすることにした。

 


 そこから俺たちは予定を立てた。俺は時間自由だし教えてもらう立場ということもあり、寧々ねねちゃんに合わせる形だ。

 寧々ねねちゃんは学校やバイトもあるということで料理を教えてもらうのは来週の土曜日に決まったのだった。


 

 料理を教えてもらうまでの期間も、寧々ねねちゃんは毎朝お弁当とともに俺の家へと訪れた。

 平日だけかと思ったが土日も関係なく友達と遊ぶ前、バイト前にお弁当を持ってきてくれた。


 それはいつも決まって朝だった。昼や夕方は忙しいらしい。

 花の女子高生だから当然だろう。


 

 一日三食のうちの一食がとても充実して、俺としては大変有り難かったのだが、負担をかけているのではないかと心配になる。


 

 そして寧々ねねちゃんは時折、「どんな様子かお母さんにみせなきゃ」と俺の写真を撮っていく、なぜかいつも寧々ちゃんとのツーショットの自撮りだ。

 写真を撮られることに慣れつつある自分がいた。

 


 有り難いんだけどどこか困ってしまう、そんな日々が続いた。


 

 ◇ ◆


 

 少し落ち着いた個人経営の小料理屋、その四人掛けのテーブル席に俺は腰をおろしていた。


「では、久々に集まれたことを祝して乾杯!」


 目の前の軽薄そうな男は、音頭とともにジョッキを掲げた。

 乾杯、と俺もグラスを合わせる。

 

「くぅー、久々に店で飲む酒は格別だな。ほらあらた、お前ももっと飲め」


「やめてくださいおおとりさん、センパイはお酒強くないんです」



 隣に座る女性が男の煽りを静止する。



「大丈夫だ、北川きたがわ。少しくらいなら問題ない」

 

「本当ですか? 苦しくなったらいってくださいね」



 目の前の男はおおとり恭平きょうへい、俺と同い年の同僚であり、数少ない友達で高校からの付き合いだ。

 はめを外すことも多いが、見た目とは裏腹に周りをよくみて気を配れるいいやつだ。

 

  

 隣に座っている女性は、北川伊吹きたがわいぶき、俺の二つ下の後輩であり、直属の部下だった。

 ショートヘアで知的な印象があるが時折、思ってもみないことをする。

 頭がよく要領もいいため三年目にしていろいろと任せられるようになった。



 俺は、前に約束をしていた夜ごはんにきていた。


 

「ところであらた、どうしてお前までスーツなんだ? どこかで働き始めたのか?」



「いや、仕事には就いてない。ただここはいつも仕事終わりに来ていたし、二人がスーツを着ている中で俺だけ私服というのも居心地が悪そうでさ」



 仕事に追われていたためスーツが基本で、これといった私服が多くないというのもあるが。

 これからは私服の機会も増えるのかもしれない、気をつかわないとな。


 

「おいおい、そんなこと気にしてたのか。やっとお前は自由なんだ、そういろいろと縛られんなよ」


 

 ポンポンとねぎらうように肩を叩かれる。

 俺がクビになって大変なはずなのに、自由だといってくれる、優しいやつだ。


 

「そうですよセンパイ、ゆっくりしてくださいって前にいいましたよね?」




「二人ともありがとう」



 二人は俺の境遇を知ってる。

 恭平はほぼ全てを知ってるのに対して、北川はある程度ではあるが。

 


「仕事の方はどうだ?」



「納期が厳しかったり仕様がめちゃくちゃだったりと相変わらずですが、センパイの引き継ぎのおかげであってなんとかやれています。じゃないとこうして飲みにこれていません」



 ぐいっ、と北川は手にしているカクテルをあおる。



あらたの方こそ最近どうなんだよ。あんなことがあったってのに結構元気そうじゃねえか。というか前よりも顔色よくなってね? ちゃんと飯食ってるみたいだな」



「まあ完全に立ち直ったわけではないけど、おかげさまでゆっくりとさせてもらってるよ。というか前は顔色悪かったのか?」



 ちょっとショックだ。


 

「気づいてなかったのかよ。最近は特にやばかったぜ。いつ倒れてもおかしくなかったな」



「そうですね。センパイは何日も平気でご飯を食べない時がありますから心配でしたが、お顔を見て安心しました」



 仕事と結婚式の準備で忙しくて相当まずかったみたいだ。

 あとで本当に倒れてしまったが……。


 あのとき寧々ねねちゃんがいてくれて助かったな。



「少し心配、ねえ。聞いてくれよ新、伊吹いぶきちゃんってばお前の家に押しかけ――」


「ちょっとおおとりさん!」



北川きたがわがどうかしたのか?」



 倒れたときのことを思い出して話を聞きそびれてしまった。



 北川をみると珍しく顔を赤らめていた。

 先ほど一気に飲んでいたから、アルコールがもう回ったのかもしれない。



「いいや、やっぱなんでもない」


「なんだ、気になるな」



 くっくっく、と恭平は笑って話を切った。



「セ、センパイ。この肉じゃが一口食べてから手をつけてませんね。ここのやつ好きでしたよね? まだ本当は食欲ないんじゃないんですか……」



 北川きたがわに言われて気づく。



「いや、食欲はあるけれど……」



 どうしてだろうな、と頭をひねる。


 

「食べないんなら俺が食べちまうぜ」



 恭平きょうへいがひょいとつまんでいった。




「そういや、聞いたかよ。三好みよしさんが一時帰国するみたいたぜ」



「あの人が帰ってくるのか? ずっと向こうにいるはずじゃ……」



「なんでも日本に急用ができたみたいでアメリカから帰ってくるんだとよ」



「あの、三好みよしさんって誰ですか?」



あらたの直属の上司だった人だよ。やたら仕事ができたからヘッドハンティングされてアメリカに行ったんだ。伊吹いぶきちゃんとほぼ入れ替わりだったもんなー、知らないのも当然か」



「センパイの先輩ですか……」



「入ったころのあらたは全然仕事が出来なくてよお、よく三好みよしさんに指導されていたよな」



「ああ、今でもアメリカに足を向けて眠った日はない」



「え、仕事できないセンパイなんて想像できないです。おおとりさん、昔のセンパイの話もっと聞かせてください!」




 俺が止めても恭平きょうへいは話をやめなかった、北川きたがわもそれを興味津々できく。

 なにがそんなに面白いのだろうか。

 


 まあ楽しい酒の席だ、俺が恥をかいて盛り上がるならそれもいいか。

 それに明日は料理を教えてもらう日だから飲みすぎないようにしないとな。


 

 そんなことを考えながら、夜は更けていった。




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