Gの襲来

 金曜日の夕食後のこと。唐突にゴキブリが現れた。初めに気がついたのは、ユイカだった。


「きゃあああああああああああ! ゴキブリがあああああああああああああああ!」


 絶叫し、指を刺すユイカ。その先には確かに、黒い触覚の生えたゴキブリがいた。 


「きゃあああああああああああああ! ゴキさんですぅ!」


 2人の女子は俺に抱きついてくる。ちょっ!? 身動きが取れないんですけど!?


「は、はやく、やっつけなさいよ! ミナト!」

「ミナト君、お願いします!」

「わ、わかったから、離れてくれー!」


 やっと2人が離れたので、殺虫剤を手にする。


「あれ?」


 軽いのでカラカラとシェイクしてみる。この感触は……。


「すまん、殺虫剤がカラだ……」

「えええええ!?」

「アンタ、素手でやっちゃいなさいよ!」

「できるか!」


 正直、俺もゴキブリはかなり苦手である。殺虫剤を手にしてしてようやく戦えるかどうか。その他の装備では勝ち目はゼロである。


「しょうがない……。コンビニ行って買ってくるよ」

「わ、私も行きます!」

「こんな空間に1人でいられないわ! アタシは帰らせてもらうわよ!」

「あっ……」


 騒いだせいか、ゴキブリが移動し始めた。


「「きゃあああああああああああ!」」


 猛スピードで駆け走った先は、なんと玄関だった。しかもドアノブ。ここから先は通らせないという意思を感じる。


「…………すまん、無理だ」

「ど、どうすんのよ! これぇ!」

「ゴキさんが逃げるまで、待つしかないですね……」





 と言う訳でゴキブリに閉じ込められ俺たちは、俺の寝室に避難する。


 玄関からリビングではゴキブリが帰ってくる可能性があるため、密閉された俺の部屋が安全な場所となる。


「どう?」

「ダメだ。まだ動かない……」


 定期的に俺が様子を見るが、ゴキブリが動く気配がない。


「仕方ないわね……。もう少し様子を見ましょう」

「あのー、誰かに助けを呼ぶのはどうでしょう?」

「この状況で?」

「…………」


 男の部屋に女子が2人。誰を呼んでもあらぬ誤解を受けそうだ。


「まぁ、もう少し待てばゴキブリもどっか行くでしょう……」

「そうですよね」

「そうだろうね」


 しかし、予想に反してゴキブリはいつまで経っても、その場所から動かなかった。現在、深夜0時。


「どうすんのよ、これ……。まぁ、アタシも1人暮らしだから、そこはいいけどさ……」

「眠くなってきました……」

「アリサさん、よかったら俺のベッド使ってよ」

「ありがとうございます……」


 もぞもぞとベッドに潜り込むアリサ。寝つきがいいアリサは、すぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。


「ユイカもアリサさんと一緒に寝たら?」

「アタシに野郎のベッドで寝ろって言うの?」

「いや、さすがに抵抗あるよな。ごめん」

「アタシの初めては、白馬の王子様に運ばれてベッドインって決めてんのよ。ゴキブリに責められてベッドインなんて冗談じゃないわ」

「意外とメルヘンだな……」

「それに……」


 ユイカは顔を赤くする。


「それに?」

「アンタ、ベッドに入ったら、アタシを襲うでしょ?」

「襲うかぁ!」

「アタシの魅力にあらがえる男なんていないんだから、気にしなくていいわよ。そこは」

「まぁ、可愛いのは事実だけどさぁ……」

「なっ、可愛いって///」

「まぁ、クラスでも評判だしなぁ」

「ふ、ふん。当たり前よね!」


 ユイカは照れ隠しなのか、プイっと横を向く。


「そう言えばさ」

「何よ?」

「ユイカは誰かと付き合わないの?」

「何よ……やぶから棒に……」

「だってさ、結構、告白されてるだろ? 誰かと付き合わないのなーって思ってさ」

「…………付き合わないわよ。アタシに見合う男がいないわ」

「そっか、白馬の王子様がタイプだもんな」

「アンタ、馬鹿にしてるでしょ?」

「してねーよ。いつかさ、そんか人に出会えるといいよな」

「いたわよ。白馬の王子様……」

「へ? いたの? でも付き合ってはないんだよな?」

「でもその王子様はね、既に好きな人がいたって。ただそれだけの話」


 切なそうに言うユイカ。たぶん、好きな人がいたけど、その人は別の女の子が好きといった辺りか。


「じゃあさ、またもっと素敵な王子様が迎えに来るかもな」

「……どうかしら。アタシその王子様のコト、結構、気に入ってたから。ふわぁ、眠くなってきたわ。アタシもベッド借りるわよ」

「どーぞ」


 何の心境の変化か、ユイカはベッドに潜り込み、アリサと共に眠りについた。


 ふわぁ。俺も眠くなってきた。いかんいかん、ゴキブリの様子を見なくては……。





 結局、途中で寝落ちしてまったが、朝になるとゴキブリはどこかに消えていた。


 朝一でコンビニに向かい、殺虫剤を補充し、朝食の準備をする。


 よし、後はねぼすけなお嬢様達を起こすだけだ。


「起きろー、朝だぞー!」

「むにゃむにゃ?」

「んー? 朝ぁ?」

「朝食作ったんだ。よかったら食ってくか?」


 俺はユイカに向かって、そう言った。ユイカはふっと笑う。


「気がきくじゃない。王子様」

「王子様?」

「な、なんでもないないわよ!」


 急に顔を赤くしたユイカ。寝ぼけてんのかな?


 




 


 




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