Gの襲来
金曜日の夕食後のこと。唐突にゴキブリが現れた。初めに気がついたのは、ユイカだった。
「きゃあああああああああああ! ゴキブリがあああああああああああああああ!」
絶叫し、指を刺すユイカ。その先には確かに、黒い触覚の生えたゴキブリがいた。
「きゃあああああああああああああ! ゴキさんですぅ!」
2人の女子は俺に抱きついてくる。ちょっ!? 身動きが取れないんですけど!?
「は、はやく、やっつけなさいよ! ミナト!」
「ミナト君、お願いします!」
「わ、わかったから、離れてくれー!」
やっと2人が離れたので、殺虫剤を手にする。
「あれ?」
軽いのでカラカラとシェイクしてみる。この感触は……。
「すまん、殺虫剤がカラだ……」
「えええええ!?」
「アンタ、素手でやっちゃいなさいよ!」
「できるか!」
正直、俺もゴキブリはかなり苦手である。殺虫剤を手にしてしてようやく戦えるかどうか。その他の装備では勝ち目はゼロである。
「しょうがない……。コンビニ行って買ってくるよ」
「わ、私も行きます!」
「こんな空間に1人でいられないわ! アタシは帰らせてもらうわよ!」
「あっ……」
騒いだせいか、ゴキブリが移動し始めた。
「「きゃあああああああああああ!」」
猛スピードで駆け走った先は、なんと玄関だった。しかもドアノブ。ここから先は通らせないという意思を感じる。
「…………すまん、無理だ」
「ど、どうすんのよ! これぇ!」
「ゴキさんが逃げるまで、待つしかないですね……」
♢
と言う訳でゴキブリに閉じ込められ俺たちは、俺の寝室に避難する。
玄関からリビングではゴキブリが帰ってくる可能性があるため、密閉された俺の部屋が安全な場所となる。
「どう?」
「ダメだ。まだ動かない……」
定期的に俺が様子を見るが、ゴキブリが動く気配がない。
「仕方ないわね……。もう少し様子を見ましょう」
「あのー、誰かに助けを呼ぶのはどうでしょう?」
「この状況で?」
「…………」
男の部屋に女子が2人。誰を呼んでもあらぬ誤解を受けそうだ。
「まぁ、もう少し待てばゴキブリもどっか行くでしょう……」
「そうですよね」
「そうだろうね」
しかし、予想に反してゴキブリはいつまで経っても、その場所から動かなかった。現在、深夜0時。
「どうすんのよ、これ……。まぁ、アタシも1人暮らしだから、そこはいいけどさ……」
「眠くなってきました……」
「アリサさん、よかったら俺のベッド使ってよ」
「ありがとうございます……」
もぞもぞとベッドに潜り込むアリサ。寝つきがいいアリサは、すぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。
「ユイカもアリサさんと一緒に寝たら?」
「アタシに野郎のベッドで寝ろって言うの?」
「いや、さすがに抵抗あるよな。ごめん」
「アタシの初めては、白馬の王子様に運ばれてベッドインって決めてんのよ。ゴキブリに責められてベッドインなんて冗談じゃないわ」
「意外とメルヘンだな……」
「それに……」
ユイカは顔を赤くする。
「それに?」
「アンタ、ベッドに入ったら、アタシを襲うでしょ?」
「襲うかぁ!」
「アタシの魅力に
「まぁ、可愛いのは事実だけどさぁ……」
「なっ、可愛いって///」
「まぁ、クラスでも評判だしなぁ」
「ふ、ふん。当たり前よね!」
ユイカは照れ隠しなのか、プイっと横を向く。
「そう言えばさ」
「何よ?」
「ユイカは誰かと付き合わないの?」
「何よ……
「だってさ、結構、告白されてるだろ? 誰かと付き合わないのなーって思ってさ」
「…………付き合わないわよ。アタシに見合う男がいないわ」
「そっか、白馬の王子様がタイプだもんな」
「アンタ、馬鹿にしてるでしょ?」
「してねーよ。いつかさ、そんか人に出会えるといいよな」
「いたわよ。白馬の王子様……」
「へ? いたの? でも付き合ってはないんだよな?」
「でもその王子様はね、既に好きな人がいたって。ただそれだけの話」
切なそうに言うユイカ。たぶん、好きな人がいたけど、その人は別の女の子が好きといった辺りか。
「じゃあさ、またもっと素敵な王子様が迎えに来るかもな」
「……どうかしら。アタシその王子様のコト、結構、気に入ってたから。ふわぁ、眠くなってきたわ。アタシもベッド借りるわよ」
「どーぞ」
何の心境の変化か、ユイカはベッドに潜り込み、アリサと共に眠りについた。
ふわぁ。俺も眠くなってきた。いかんいかん、ゴキブリの様子を見なくては……。
♢
結局、途中で寝落ちしてまったが、朝になるとゴキブリはどこかに消えていた。
朝一でコンビニに向かい、殺虫剤を補充し、朝食の準備をする。
よし、後はねぼすけなお嬢様達を起こすだけだ。
「起きろー、朝だぞー!」
「むにゃむにゃ?」
「んー? 朝ぁ?」
「朝食作ったんだ。よかったら食ってくか?」
俺はユイカに向かって、そう言った。ユイカはふっと笑う。
「気がきくじゃない。王子様」
「王子様?」
「な、なんでもないないわよ!」
急に顔を赤くしたユイカ。寝ぼけてんのかな?
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