恋人(仮)

 次の日、ウチに来たアリサとユイカ。そしてユイカはとんでもない一言を放つ。


「アンタ達、恋人になりなさい」

「こ、恋人!?」

「ですか!?」


 俺とアリサは揃って、目を丸くして驚く。


「そうよ。アンタ達の関係は曖昧あいまい過ぎるのよ。例えばこの関係、どちらかに恋人ができたら、ソッコー破綻するわよ?」

「俺は別に恋人は作らないけど……」

「私も……」

「甘い、甘過ぎるわ! 例えばアタシがミナトに告白して付き合った瞬間、アタシなら他の女に料理をつくるなんてあり得ないから、アリサを追い出しちゃうわよ?」

「そんなの嫌です……」


 ソファの横にいるアリサが、想像をしたのか不安そうにしている。


「それにミナト! アンタもアリサがあれだけ男に告白されてるの知ってるでしょ? もしアリサが気が変わって、他の男の付き合って、そんな状況で今まで通りの生活ができるのかしら?」

「っ!」


 アリサに彼氏ができた事を想像する。うっ、少し考えただけで吐き気が……。


 そんな状況で、アリサに今まで通りに料理を作れるのだろうか? いや、相手の男の人のことも考えると確実にNGだろう。


「アンタ達の関係は危ういのよ。まるで砂上の楼閣ろうかくよね。だからこその恋人なのよ」

「でもユイカ、いきなり急すぎますよぉ……」

「そう言うと思ったわ。ふぅ……」


 ユイカはどこからか取り出した眼鏡を装着し、話を続ける。


「なら恋人(仮)になりなさいな」

「恋人?」

「(仮)?」


「そそ、恋人(仮)状態。別に今と対して変わらないわ。違うのは、お互いに別のパートナーを作らない。ただただそれだけよ」

「それだけ?」

「ええ、それだけで今の関係は維持できるし、お互い安心できるでしょ?」

「なるほど……。でもそれって……」

「お互いの同意が必要なのは言うまでもないわね。どう? アンタたちはこの“恋人(仮)”受ける? まぁ、アタシはどっちでもいいけど」


 俺はアリサの方を向く。これは俺から言い出さないとダメだろう。男として。


「俺はその関係でもいい。アリサさんさえ良ければ……だけど!」

 

 俺は言い切った後に、恐る恐るアリサの顔色をうかがう。


「…………」


 沈黙が訪れ、ドクンドクンと己の鼓動だけが聞こえる。や、やっぱりダメ……かな?


「私もミナト君さえ良ければ、恋人(仮)でいいです……よ?」


 顔を赤く染めて、恥ずかしながらアリサは了承してくれた。


「っ!」


 (仮)とはいえ、恋人になれて、天にも昇るような気持ちだった。


「恋人とは言え(仮)なんだから節度は守りなさいよ? ふしだらな行為はダメ。そういうのは(仮)がなくなってからにしなさいよ?」

「あ、当たり前だろ!」

「そ、そうですよ! 私たちは健全な恋人(仮)です!」

「ならよかったわ。まぁ、今までの関係に“他に恋人”をつくらないって、互いに約束をしただけだからね? ミナト、アンタいきなりアリサを襲ったりなんかしたら、ぶっ飛ばすわよ?」

「そ、そんなことしないよ!」

「み、ミナト君はそんなことしませんよ!」




 

「それじゃあねー! (やれるだけはやったわ。告白はちゃんと自分ですべきだから、後は頑張りなさい、ミナト)」


 ユイカが帰った後、俺たちは2人きりになる。


「ふふっ、私たち恋人になっちゃいましたね」


 アリサが俺を見つめる。


「ははっ、(仮)だけどね」


 俺はなんだか気恥ずかしくて、頭をぽりぽりとかく。


 トンっと、アリサが頭を俺に寄せてくる。


「ア、アリサさん……」

「ふふっ、恋人(仮)ですからね」


 その後はいつものように、アリサの頭を優しく撫でる。


 アリサがそっと、俺に手の上に自分の手を重ねた。柔らかくて温かい手に胸がドキリ。


 手と手が触れ合う──たったそれだけ。たったそれだけでも、2人の関係はぐっと深まった気がした。


 例えそれが、仮初(かりそめ)のものであろうとも。


 ユイカはたぶん、俺にチャンスをくれたんだと思う。なかなか告白できない俺に対して、告白するチャンスを。


 だったら、ここまでお膳立ぜんだてしてもらったんだ。


 決めた。俺は文化祭までに正式に告白しよう──と。




 



 


 

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