救世ユイカ登場 その3

 食卓に揚げたての唐揚げが並んだ。


「美味しそうです!」

「見た目は合格ね……」

「それじゃあ」

「「「頂きます」」」


 ユイカは唐揚げをパクりと一口。そのままモムモムとしっかり咀嚼そしゃくする。そしてゴクリと唐揚げを飲み込んだ。


「どう……かな?」

「どうですかー? ユイカ」


 俺は恐る恐るユイカの顔色をうかがう。


「…………まい」

「まい?」

「めちゃくちゃ美味いじゃないのよぉ! これぇ!」


 ユイカはたちどころに目を輝かせる。よかった。どうやら合格かな?


「サクサクっとした衣を噛むと、中からジューシーなもも肉から肉汁が溢れ出すわ! 食欲をそそるスパイシーな味付けも相まって、白いご飯が止まらないわ!」


 ユイカの箸が進み、みるみる唐揚げとご飯が減っていく。


「唐揚げ用特製マヨネーズも試してみて欲しい」


 俺がそういうと、皿の端にちょんと置いておるマヨネーズに唐揚げをディップし、パクりと一口。


「っ! なるほど……スパイシー一辺倒にならないようにマヨネーズでクリーミーさを……。ただこれはダメよ……。油ものに油の塊のマヨネーズなんて……。あぁ、なんて罪深いの……。ああ、でも脳がこの唐揚げを求めるの……。止まらないのぉ……。しゅきぃ、これしゅきぃ……。ミナト、おかわりぃ……」

「あいよ」


 大変満足してくれたようで、こちらも嬉しい。クラスの男子に試食を手伝ってもらって、改良に改良を重ねた自信作だ。


「ね! ミナト君の料理、美味しいでしょ!」


 アリサがパクパクと唐揚げを平らげながら、ユイカに声をかけた。


「うますぎるぅ……。脳がとろけりゅう……」

「ん〜、レモンをかけた唐揚げもたまりませんね〜!」

「まだまだあるから、たくさん食べてくれよ!」

「止まらないのぉ……」

「はい!」





「美味しかったわ。これならアリサを任せておけるわ。ていうか唐揚げに変なもん混ぜてないでしょうね!? 中毒性半端ないんですけど!?」

「混ぜてねーよ……」


 皿洗いを手伝ってくれたユイカは、帰宅の準備を始める。


「もう暗いし、送ってくよ」

「悪いわよ」

「気にすんなよ。俺も腹ごなしに散歩したかったし」

「ユイカ、帰るんですか? 気をつけて帰って下さいね……。けっぷ。私も送っていきたいんですが、食べすぎました。けっぷ」

「アリサさんは留守番お願いね」

「はい! けっぷ」





 俺達は暗い夜道を歩いていく。物静かで、カツカツと俺たちの足跡だけが木霊こだまする。


「まったく、女の子への気遣いはアリサだけにしときなさいよ?」

「アリサの友人になにかあったら、俺も困る。それにクラスメイトだしな。気にすんなよ」

「ふーん、優しいのね(さりげなく車道側歩いてくれてるわね……)」


 ふとユイカが立ち止まった。


「ユイカさん?」

「ユイカでいいわよ。私も呼び捨てだし」

「立ち止まってどうしたんだ? ユイカ」

「アンタに聞いておかなきゃならないことを忘れてたわ」

「なに?」

「アンタは本当に“アリサが好き”なの?」


 それは有無を言わさぬ迫力を秘めた眼差しだった。俺はその眼差しに真っ向から向かい合う。


「ああ、好きだよ」

「ならそれを伝えないの?」

「…………怖いんだ」

「…………」

「今の関係が心地よくてさ。俺が告白したら、それまでの関係が壊れてしまうんじゃないかって。どうしようもなく怖い。臆病者だって分かってる。でもその一歩がどうしても踏み出せないんだ……」

「まぁ、普段からアリサは男を振りまくってるから、気持ちは分かるわ。自分なんかが付き合える訳ないって、心のどこかで思ってるんでしょ?」

「ああ……」

「…………」


 少しの間、場を沈黙が支配する。するとユイカはふぅと息を吐いた。


「(ここは、アタシが背中を押してあげますかね……)」



 






 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る