帰省 その3

 アリサは猫の柄がプリントされたパジャマを着ている。風呂上がりの、ほてった顔が妙になまめかしく感じる。


「あのさ、何だったら今からでもコハルの部屋で寝てもいいんだよ?」

「いえ、お母様にバレるリスクもありますし、それに……」

「それに?」

「私はそんなに嫌じゃない……ですよ?」

「そ、そう? じゃあ、もう電気消して寝ようか?」

「はい、よろしければ豆電球でお願いします」

「OK」


 俺はヒモをひっぱり、電球を豆電球に変更する。そして俺とアリサはお互い、布団に潜り込んだ。


 アリサの方をふと向いてみると、アリサもこちらを向いていたようで、目が合う。目が合った瞬間に、アリサはにこりと微笑んだ。


「ふふっ、こういうの、なんだかワクワクしますね」

「友達の家に泊まる時とか、なかなか寝付けないよね」


 まぁ、俺の場合はワクワクというよりドキドキしているのだが……。


「ミナト君の家族って素敵ですね」


 唐突にアリスが切り出す。


「そうかな?」

「はい、みんな和気藹々わきあいあいとしていて、一緒にいてとても楽しいです。実家って、こんなに温かいものだったのですね。私の家とは大違いです」


 以前、俺がアリサの誕生日を祝った際、「こんなに祝われたのは久しぶりです」という言葉を思い出す。


 この質問はするべきではないのかもしれない。でも、俺は彼女のことをもう少し知りたい。そう思ったんだ。


「アリサさんの家は……その、固い感じだったのかな?」


 言葉を選びつつ質問をする。


「厳格な家でしたね。確かに裕福で、何不自由のない暮らしでした。でもそこには、この家のような“温もり”は一切ありませんでした。朝から晩まで習い事。父の笑顔を見たのはもう、いつだったか思い出せません」

「そっか……」


 そんな事情があったのか……。だから父親に連絡が行くのをあんなに嫌がってたんだな。


「今は亡き、日本人の母が語ってくれた日本での思い出。幼少の時より、耳にたこができるくらい聞かされた私は、いつしか日本に憧れを持つようになりました」


 アリサは語り始める。


「それで日本に?」

「はい。その際も実家で父と揉めたんですけどね……。亡き母の祖国に住んでみたいという私の要望、学校からの留学の提案、いろんな条件が重なって、運良く日本に留学する運びとなりました。そして──」


 彼女は一拍置いて、話を続ける。


「その判断は正しかったと思います。母が言っていた通り、ここは素敵な国です。まだ、滞在してわずかですが、四季折々の美しい風景、歴史的な建造物、美味しい料理、そして私にとって、とても“大切な人々”。今、私は幸せです」


 “大切な人々”と言う時、アリサは俺の方を見て、笑みを浮かべた。


「その“大切な人々”ってさ……」


 うぬぼれかもしれないが、俺は恐る恐る聞いてみる。


「はい、その中の1人が私の目の前にいます」

「アリサさん……」

「ふふっ、改めて言うと恥ずかしいですね」

「アリサさんにとって“大切な人”になれたなら、俺はとっても嬉しいよ」


 俺はアリサの目をまっすぐに見て言う。


「そ、そうですか? あ、ありがとうございます」

「うん」

「…………」

「…………」


 しばらく沈黙が流れた。でも決して嫌な沈黙ではなく、心地のよい沈黙だった。


「ねぇ、ミナト君。ちょっと、そっちの布団に行ってもいいですか?」

「えっ!?」

「だって、まだ今日頭をなでなでしてもらってないですよ……。私アレ癖になってるから、アレがないと落ち着かないんです。責任とって下さい!」

「う、うん。じゃあ……」


 俺は掛け布団をピロリとめくる。


「失礼します……」


 アリサはスススっと俺の布団に潜り込んできた。彼女の体温を感じる程に近い。


「お願いします……」

「う、うん……」


 アリサの滑らかな美しい銀髪を優しくなでる。なでるごとにシャンプーの甘いにおいが鼻をくすぐる。


「温かいです……」


 目を閉じて、気持ちよさそうに撫でられているアリサ。この光景も見慣れてきたな……。


 俺はわざと意地悪く、頭を撫でるのを止める。


「むむむっー! 意地悪しないで下さい!」


 するとアリサはプクーとふくれて、俺の胸に頭を埋める。


「ごめん、ごめん」


 俺の胸に頭を埋めたアリサの頭を撫でる。


「許します♪」


 気持ち良さそうに撫でられるアリサ。それが何分か続いた後、


「すぅーすぅーzzz」


 とアリサは寝息を立てている。どうやら眠ってしまったようだ。


「ふぅ……」


 隣には温もりを感じるほどに、至近距離のアリサ。


「やっぱ今日は眠れそうにないか……」


 でもこの可愛いらしい寝顔を見ることができる。それだけでお釣りが来そうなものだ。


「喉が渇いたな……。お茶飲んでこよう」


 俺はドアを開けると、ドアがガンと何かにぶつかった。


「あいたたた……」


 そこには聞き耳を立てていたと思われるコハルがいた。


「何してんだよ?」

「えへへ、ちょっとね!」


 そしてコハルは俺の耳で小声で言う。


「お兄ちゃん、あの状況でも手を出さないなんてすごいね! 出家でもすんの? シャカの子?」

「うるせぇよ……」


 俺はコハルの頭を軽くチョップする。


「あいた!」

「むにゃむにゃ? アレ、コハルちゃん? どうしたんですか?」

「お前のせいで、アリサさん起きただろーが……」

「ア、アリサお姉ちゃん! 夜はまだこれからだから、トランプしようと思って!」


 ごまかしやがったな……。


「ふふっ、はい! まだまだ夜はこれから……ですね!」


 アリサもすっかりやる気になっている。ふぅ、長い夜になりそうだ……。

 

 



 

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