帰省 その1

「お盆に実家に帰ろうと思うんだ」


 リビングで2人でくつろいでいる時に、俺はアリサにそう切り出した。


「お盆とは確か、亡くなられた方の魂が現世に帰ってくるので、それを供養する日でしたよね。はい、それはとても大切なことです。ぜひ、帰ってあげてください」


 お盆に帰省する。それは良いのだが、一つ懸念点がある。母と妹から、アリサを連れてくるようにチャットアプリでせがまれているのだ。


 いや、彼女でもないのに実家に連れて行くとかハードル高すぎだろ……。いや、彼女だとしても厳しいかも……。アリサだって、さすがに嫌だろうな……。


「何日ぐらい、向こうに滞在する予定なのですか?」

「うん、二、三日は泊まろうかと思ってる。アリサさんにはその間、迷惑かけるね。ごめん」

「全然気にしないで下さいよ! ミナト君がいなくても、全然大丈夫です!」

「ほんと? 食事は何を食べる予定?」

「宅配ピザ祭りをします!」

「…………」


 栄養状態が心配だ。まるでペットだけ残して旅行に行くような不安に駆られる。


 本当に大丈夫かな……





《アリサ視点》


 本当を言うと大丈夫ではなかった。


 二、三日も彼に会えないと聞いただけで、気が気ではない。胸が痛くて、切なくて、悲しくて。


 彼のいない食卓を想像する。独りでもくもくと味気のない食事。耐えられない。考えたくもない。


 彼と一緒にいたい。離れたくない。でも、わがままを言って彼を困らせたくもない。


 私は涙が出そうになるのをグッとこらえた。

 


 


「……本当を言うと寂しいです。なので……」


 アリサは俺の横にぴったりくっつく。


「ア、アリサさん?」

「少し、甘えてもいいですか?」


 頭をこてんと、俺の方に傾ける。


「……うん」


 俺はその頭を優しくなでる。不安さを払拭ふっしょくするかのようなアリサの行動。


 ああ、やっぱり俺は彼女を放ってはおけない。


 あの時を思い出す。勇気を出して、食事を作ろうかと提案した時のあの気持ちを。


 だから俺は──


「よかったらさ、アリサさんも一緒に来ない? いや、うちの母さんとコハルが、アリサさんを連れて来いってうるさくてさ……。親父は今、長期出張でいないから、母さんとコハルだけだしさ」


 アリサは一瞬、不意を突かれたような顔をした。


「……私もお邪魔していいんですか?」

「ああ、ぜひ来てくれると嬉しい」

「はい! お願いします! わーい! またコハルちゃんに会えます!」


 今までの不安そうな顔が嘘のように、アリサはパァと目をキラキラと輝かせた。


「とっても楽しみです! 準備とかしなきゃですね!」


 本心からなのだろう。ウキウキとハッスルしているアリサ。


 うん、勇気を出して誘ってみてよかった。彼女には、寂しそうな顔なんて似合わないのだから。





 電車でコトコトと揺られること3時間。停車した駅から外へ出る。


「一年振りだな……」

「うわぁー、緑がたくさんですねー」


 到着したのは緑あふれる片田舎。真っ青な空の下に、のどかな風景がどこまでも広がっている。


 辺り一面の田園に、鳴り止まない蝉時雨せみしぐれ。都会の喧騒けんそうに揉まれた俺の心に、染み渡るような癒しがもたらされる。


「帰ってきたんだな……」

「なんだかいやされますねぇ……」


 鳥のさえずり、川のせせらぎ。せわしない都会と違って、ここはゆっくりと時間が流れるように感じる。


「おっ、コハルから連絡だ。もうすぐ着くってさ。おっ?」


 見慣れた黒い軽自動車が、駅前に停まる。運転してきたのは母だ。そして中からコハルが飛び出してきて、


「アリサお姉ちゃーん! 久しぶりー!」


 とアリサに飛びついていた。


「お久しぶりです! コハルちゃん!」


 2人は抱き合って、仲睦なかむずまじく、じゃれあっている。まるで生き別れの姉妹に出会ったかのような、はしゃぎっぷりである。


「あらあら、仲がいいのね」

「迎えに来てくれてありがとう。母さん」

「暑いから早く乗りなさいな」

「うん」


 俺とアリサは後部座席に座る。


「元気にしてたかしら、アリサちゃん」

「はい、ミナト君のおかげです。お母様」

「あらあら、もう母呼ばわりとは嬉しいわねぇ。私は学生結婚にも理解はあるわよ?」

「だから俺とアリサさんはそんなんじゃないっ────」

「あら?」


 母が首を傾げる。しまった。俺とアリサは母の前では付き合ってる設定だった。


「嫌ですねー! ミナト君ったら恥ずかしがっちゃって♡」


 アリサが俺の腕に抱きつく。


「いやー、ごめん母さん。つい、恥ずかしくってさー! ラブラブ過ぎてごめん!」

「あらあら!  昼間っからお熱いわねぇ♡」

「(危なかった……)」

「(気をつけて下さいね、ミナト君!)」


 ちなみにこの設定の事は、コハルにも連絡してある。


「(ふふっ、お兄ちゃん達も大変だねぇ。でも面白いからいっか! と言うより実家に連れて来る時点でもう、そこら辺のカップルより進んでるような……)」


 

 


 











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