雷の日

「今晩は雷が鳴るみたいだね」

「そ、そうですか……」


 夕食時に他愛のない話をする俺とアリサ。しかし、よく見るとアリサの顔が少し青ざめているようにも感じる。


「アリサさん、どうかした? 顔色が悪いように見えるけど?」

「い、いえ、なんでもありませんよ!」


 彼女は無理して、気丈に振る舞っているように見えた。


「そ、そう?」

「はい! 今日もミナト君のご飯美味しいです!」

「うん、それはよかった」


 しかしこの時の俺は思いもしなかった。まさかこの後に、あんな目に遭うなんて……。





 歯を磨き、風呂にまったりと入り、リビングでくつろぐ俺。


 ──ピカッ! ゴロゴロ……ドーン!


 稲光いなびかりと共に激しい落雷音が、辺りに響き渡る。

 

「うおっ、雷が近くで落ちたのかな? ん?」


 ドタドタドタと走り寄る音が聞こえ、ガチャッとドアが開く音が聞こえた。


「アリサさんかな? どうしたんだろ?」


 俺は玄関に様子を見に行く。


「ア、アリサさん?」


 するとパジャマ姿で、顔を真っ青にして、小刻みに震えているアリサの姿がそこにはあった。


 よく見ると、目もうるうるとしていて、今にも泣き出しそうだ。


「だ、大丈夫? 何かあった?」


 するとアリサは俺にかけ寄り、思い切り俺を抱きしめた。


「!?」


 柔らかい乙女の柔肌やわはだと、ふわふわの胸の感触が服越しに伝わり、心臓の心拍数が跳ね上がる。


「か、雷……無理なんです……。幼少期に目の前で落雷を体験して以来、トラウマに……」


 彼女の震えが、身体越しに伝わる。相当に怯えているようだ。


 食事の時に雷の話で浮かない顔をしていたと思ったのは、気のせいではなかったようだを


「アリサさん、大丈夫だよ」


 俺は落ち着かせようと、アリサの頭を優しく撫でる。


「ごめんなさい……。ミナト君にご迷惑を……」

「ううん、ちっとも迷惑なんかじゃないさ。むしろ頼ってくれて嬉しいよ」

「ミナト君……。ありがとうございます」


 少しほっとしたのか、アリサの俺の身体を抱きしめる強さが、少し緩む。


 そこでまた雷が鳴る。


「きゃああああああああああああああ!」

「お、落ち着いて、アリサさん……」


 これは相当に苦手なんだろうな。


「とりあえずリビングに行く?」

「し、寝室がいいです! お布団被りたいです!」

「え!?」


 少しパニックになっているのだろうか。普段のアリサなら、絶対に言わないことを言ってきた。


「お、お願いします!」


 上目遣いで懇願こんがんされ、俺が断れるハズもなく、アリサを俺の寝室のベッドに寝かせる。


「これでいいかな?」

「はい……これで少しは……」


 ここでまた雷がひとつ。


「きゃあああああああああああ! ミナト君、お願いします! 一緒に寝て下さい!」

「ええええええ!?」

「お願いしますぅ……」


 彼女は今にも泣き出しそうだ。仕方ない。これは応急処置だ。そう、決してやましい意味はない。決して。


 そう自分に言い聞かせて、アリサが寝ているベッドに俺も横たわる。お互いに顔を向き合う形となる。


「うううぅ、ミナトくうううん……」

「!?」


 アリサは顔を俺の胸にうずめてきた。俺はなんとか平常心を保ち、彼女を落ち着かせようとする。


「雷が止むまでは、一緒にいるから大丈夫だよ」


 優しく頭をなでなでする。さらさらの髪から、ほんのりとシャンプーの甘い香りがただよう。


「ありがとうございます……。私、ミナト君がいて本当によかったです……」


 アリサが顔を上げ、俺の方を向く。至近距離で顔が近づく。


 触れれば壊れてしまいそうな、繊細な顔。このままの状態では、何か魔が刺しそうで、俺はくるりとアリサに背を向ける。


 するとまたまた雷が鳴り響く。


「やっぱりだめです! こっちを向いて下さい!」


 いやいやとまるで赤ちゃんのように、駄々をこねるアリサ。


 仕方なく振り帰ると、アリサが全力で俺を抱きしめた。胸の感触が、ダイレクトに脳を刺激する。


「〜〜〜ッ!」

「今日はこのまま、ミナト君を抱きしめさせて下さい……。後、できれば頭もなでなでして下さい……。落ち着くんですぅ……」

「わ、わかったよ」


 俺はアリサの頭を優しく、なでなでする。


「ふわぁ……落ち着きます……。ありがとうございます、ミナト君……」

「う、うん、落ち着いてきたならよかったよ」


 落ち着いてきたので、俺はアリサの頭をなでるのをやめる。


「も、もっとぉ……」


 アリサは再び頭を撫でるように、懇願こんがんする。まるで犬のようだ。


「アリサさんって、結構甘えん坊だったり?」

「こ、こんなのミナト君だけですよぉ……」

「そ、そっか……」


 しばらくすると雷の音も遠くなり、アリサも落ち着きを取り戻した。


「私、駄目です……。どんどんミナト君に頼っちゃいます……。ミナト君に迷惑だって分かってるのに……」

「全然、迷惑じゃない。それに1人で海外暮らしなんだから、アリサさんはよくやってるよ」

「ミナト君、優しく過ぎますよぉ……。だから私がどんどん甘えちゃうんです……」


 アリサの目がトロンとしてきている。もうすぐ眠りそうだな。


「ミナト君……zzz」


 ようやく眠ったようだ。俺はそっとベッドから、離れようとする。


「!?」


 するとアリサが背後からガシッと掴んで、離そうとしない。


「むにゃむにゃ……」


 せっかく、眠ったのにまた起こす訳にはいかない。雷もまた鳴るかもしれないし……。ってことは朝までこのまま!? 


 その後、俺は必死に羊の数を数えましたとさ。


 







 

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