夏祭りに行こう その4

 夏祭りも終盤に近づいてきた。辺りの観客がそわそわしている。


「もうすぐ、打ち上げ花火が上がるな」

「え? 花火が見られるですか?」

「そーだよー。毎年、祭りの終わりにどでかい花火が打ち上がるんだー。キレーで大迫力だよー」

「そうなんですね! 花火を見るのは初めてなのでとっても楽しみです!」

「そろそろだな」


 賑やかな祭りの灯りがこの時だけは、暗くなる。


 ヒュ〜……ドーン!


 花火の1発目が打ち上がった。空に鮮やかな模様が描きだされる。花火の音の振動が、身体まで震わせるようだ。


「うわぁ、綺麗ですねー!」

「まだまだこれからだよー!」


 次々と打ち出される花火。様々な模様をともなって、真夏の夜空をキャンバスのように塗りたくる。


「たーまやー!」


 コハルが花火に負けじと、声を張る。


「たまや?」


 アリサが小首を傾げる。


「江戸時代の花火師の屋号やごうが由来らしいんだけどね。“たまやー”“かぎやー”って声援を送ってるんだよ」

「へぇー、そんなんですね。それでは私も……。かーぎやー!」

「たーまやー!」

「かーぎやー!」


 辺りの観客も同様に声援をちらほらと送っている。


「そろそろ終盤かな」

「もうすぐ終わるんですか?」

「うん。最後はすごいよ。アリサさん」

「うんうん、必見だよー!」

「きゃっ!」


 人混みに押され、アリサが倒れそうになる。


「っと!」

 

 俺はなんとかアリサを支えることに成功する。


「あ、ありがとうございます」

「お兄ちゃん、人混みすごいから、また手を握ってあげなよー?」

「あ、ああ……」


 俺はアリサの手を軽く握ると、アリサはぎゅっと強めにこちらの手を握ってきた。


「ふふっ、離さないで……下さいね?」

「!?」


 彼女の澄んだ瞳に花火が映し出される。そしてフィナーレに向けて、数百発の花火が咲き乱れた。


 ドンドンドンドンと絶え間なく響き渡る、花火の炸裂さくれつ音。そのリズムは心臓の鼓動にも似ていた。


 強く繋いだ手を意識する。ドキドキしているのか、花火の振動なのか、今の俺には分からない。


「うわあー! 素敵です……」


 アリサは目に焼き付けるように、この光景を凝視していた。


「あー、終わっちゃったねー」

「そうですね……」


 フィナーレの花火が終了し、辺りに明るさが戻ってきた。夢のような瞬間は終わりを迎え、一気に現実に引き戻されるような感覚を味わう。


 でも夢じゃない。今なお続く、この暖かい手の平の感触は決して夢ではない。


「また来年もこようよ。アリサさん」


 俺の口からポロリと本音がこぼれ落ちる。


「……はい! また、来年も一緒に花火をミナト君と一緒に見たいです!」


 彼女は花火にも負けず劣らずの、華やかな笑顔を浮かべていた。


 彼女との夢のような夏はまだまだ続く。





 次の日のことだ。


「そろそろ、帰るねー!」


 コハルが実家にもう帰ると言い出したので、駅まで見送りに来たところだ。


「まだゆっくりしていけばいいのに……」

「宿題も溜まってるしねー! あんまり長いと親も心配しちゃうしさ!」

「そうか。父さんと母さんによろしくな」

「うん、お兄ちゃんが、可愛い女の子と仲良くやってるって、言っておくね!」

「こ、こら! コハル!」

「また会いましょうね。コハルちゃん……ぐす」


 アリサは別れが寂しいのか、涙ぐんでいる。少しの間だったが、姉妹のように仲がよかったもんな……。


「うん、アリサお姉ちゃんもまた会おうね! そうだ!」


 コハルは何やらアリサに耳打ちをしていた。


「(将来、本当のお姉ちゃんになってるといいね!)」


 それを聞いたアリサの顔が赤くなる。


「? 何を言ったんだ?」

「なんでもなーい! それじゃあ、バイバーイ!」

「はい、お気をつけて!」

「じゃあ、またな!」


 コハルは手を振って、改札口の向こうへと消えて行った。やはり生意気な妹とはいえ、こうなると寂しいものだ。


「……帰ろっか。アリサさん」

「そうですね……」


 アリサの足取りが重い。


「帰りにコンビニでアイスでも買って、一緒に食べようよ」

「はい、いいですね!」

「そういえば、コハルに最後になんて言われたの?」

「ふふっ、秘密です!」


 アリサの足取りが、ほんの少しだけ軽くなったような──そんな気がした。


 



 

 



 




 

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