夏祭りに行こう その1

 アリサとコハルが砂浜に、落ちていた木の棒で文字の落書きをしていた。


 アリサは『海』、コハルは『生殺与奪』と書いてある。コハルはよりにもよって、なんでその文字なんだよ……。


 ふと海を眺める。


 寄せては返す波の音。この落書きもその内、消えてしまうのだろう。

 

 しかし消えないものも確かにある。真夏の日差しのような、この輝かしい海での思い出は、決して消えることはないだろう。





 その後も泳いだり、スイカ割りをしたりと存分に夏の海を楽しんだ俺たちだった。


 そして今の俺たちは帰りの電車に揺られている。


「ふわっ……少し眠くなりましたね」

「アタシも眠ーい。お兄ちゃん」

「少し仮眠を取るといいよ。俺は眠くないから、駅に着いたら起こすよ」

「ありがとうございます……zzz」

「ありがと、お兄ちゃん……zzz」


 2人はあっという間に、眠りにつく。よほど疲れていたのだろうな。あんなにはしゃいだんだ。無理もない。


「ん?」


 左に座っているコハルが、俺に寄りかかってきた。やれやれ、仕方ない妹だ。


「んん?」


 右に座っていたアリサも、俺に寄りかかってきた。こ、これは……。


 両隣から、女の子の甘い匂いが鼻腔びこうをくすぐる。俺の心臓の鼓動が一段階上昇する。


「起こした方がいいかな……」


 チラッとアリサを見ると、すぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てている。その状態の彼女を起こすのは、さすがに気が引けた。


「我慢……しよう」


 その後も目的の駅まで、ドキドキしながら揺られる。眠くはならないので、唯一そこだけは救いだった。





「夏祭りに行こうよ!」


 食事中にコハルはそんなことを言い出した。


「そうか、そう言えば今週末に祭りがあったな」

「いいですねー! ぜひ行きましょうよ、ミナト君!」

「そうだね。それじゃあ、3人で行こうか!」

「ふっふっふ、この日のためにわざわざここまで来たと言っても過言ではないのだー!」

「ふふっ、楽しみですねー!」





 夏祭り当日、俺たちは何故か現地集合という事になっていた。


 家から一緒に行けばいいじゃないかと言ってはみたものの、コハルが「いいからいいから」というので、押し切られた形となる。


 俺は目深まぶかに帽子を被る。アリサと妹と一緒にいて、学園の奴と出会うとさすがに照れくさい。


 集合場所で待っていると、2人の美少女が現れた。


「お待たせー、お兄ちゃん!」

「お待たせしました、ミナト君」


 俺は息を呑む。一瞬、誰だか分からなかった。それも無理もない話だ。2人は洋服ではなく“浴衣ゆかた”を着ていたのだ。


「着物屋さんでレンタルしてきたんだー!」

「あのー、似合って……ますか?」


 アリサは淡いピンク色の浴衣を着ている。浴衣には所々に白い花模様が描かれており、それがさらに可愛さを引き立てていた。


「うん、とっても似合ってるよ!」

「よかったです。頑張って2人で選んだんですよ!」


 見れば、頭にも見慣れないアサガオの髪飾りも付いていた。


「その髪飾りも似合ってるね、アリサさん」

「えへへ、ありがとうございます。日本っぽさを感じられて、とても気に入ってたんです!」


 花のようにほころぶアリサ。和洋折衷わようせっちゅうといった感じで、その絶妙なバランスは一種の芸術作品にも通ずるものがある。


「お兄ちゃん、アタシの浴衣はー?」

「ニアッテルネー」

「塩! 対応が塩! 『塩対応のミナト君がアタシにだけ甘い件』とかそういう展開はないの!?」

「ナイヨー」

「ぐすん、お兄ちゃん最低……」

「そういうなよ。たこ焼き奢ってやるから」

「わーい! お兄ちゃん大好き!」


 ちょろい……。あまりにも……。


「くすくす。相変わらず仲がいいですねー」

「そ、そうかな?」

「ええ、とっても」

「お兄ちゃんとアタシはズッ友だょ……!」

「妹だけどね……」


 たわいのない会話をしていると、ジロジロとお客さんの視線が気になった。


「あの銀髪の子、可愛くね?」

「外国人かな?」

「俺は横にいる、茶髪の女の子の方がいいな」

「声かけてみるべ?」

「ちっ、野郎と一緒にいやがる」

「両手に花とはけしからんですなぁ!」



 うっ……そりゃあこんだけ美人だと目を引くよなぁ。海の時もそうだったっけ。


「そろそろ屋台を見て回りましょう!」


 アリサが提案をする。


「そうだね。人混みがすごいから逸れないようにしないと」

「お兄ちゃん、手を繋いであげなよ?」


 コハルが唐突に提案する。


「え?」

「アリサお姉ちゃんが逸れたら、どうするの? まーためんどくさい男にでも絡まれちゃうよ?」


 確かにそうだ。でもこの状況で手を繋ぐなんて恥ずかしいし、アリサも嫌がるんじゃないか?


「あの、よろしければ……」


 アリサはその綺麗な手を、スッと俺の方に向ける。


「い、いいの?」

「は、はい。ミナト君さえ良ければ……」

「じゃ、じゃあ……」

「は、はい……」


 俺たちは逸れないように、手を繋ぐ。アリサの小さくて柔らかい手から体温を感じて、ドキリとする。


 みるみると俺の頬がカァーと赤くなるのを肌で感じた。


 見ればアリサの頬も、うっすらと赤く染まっているようだ。


「(ふっー……、ナイスアシスト、アタシ! まぁ、たこ焼き分くらいの働きはしますかねっと!)」



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