看病
「この事は誰にも言わないで下さい! こんな事が知れ渡って、父親の耳にでも入ったら、連れ戻されてしまいます!」
アリサはかなり動揺しているようだ。
「だ、大丈夫。誰にも言わないよ」
「……本当ですか?」
アリサは上目遣いにこちらをじっと見つめている。
「あぁ、本当だよ」
俺は真剣な眼差しで訴える。
「……はい。アナタを信じます」
よかった。少しは落ち着いたようだ。
「私、大抵のことは上手くこなせるんですが、家事だけはダメなんです……。幻滅しましたよね?」
彼女はうつむいて、暗い顔をしている。
「いや、全然?」
「──え?」
「むしろ安心したよ」
「なんで……ですか?」
「完璧超人だと思ってたからさ。こういう所を見たらホッとした。あぁ、早乙女さんも1人の人間なんだなって」
「そ、そう……ですか?」
「そうそう。おっと、このままじゃなんだ。ベッドまで連れてくよ。よっと──」
俺は再びアリサを持ち上げる。
「あ、ありがとうございます……」
♢
アリサをベッドに運び、熱を測る。38.6度。だいぶ高熱だな。
「早乙女さん、風邪薬、飲む?」
風邪薬は風邪を直接治す訳ではないが、症状を緩和することはできる。症状があまりにも辛いなら、服用するのもアリだろう。
「はい、お願いします」
「了解」
俺は聞いた場所から、水や風邪薬等を取ってきた。
「ありがとうございます」
アリサは薬を服用し、水をこくこくと飲んでいる。
「そうだ、食欲はあるかな?」
「軽い食事くらいならなんとか……」
「おじやはどう?」
「はい、大丈夫です」
「分かった。じゃあ、ちょっと俺んちで作ってくるよ」
「おじや……作れるんですか?」
「まぁ、それくらいならね。タオルとお湯もここに置いておくよ。出来ることなら、その間に汗を拭いて着替えた方がいいかもしれないね」
「はい、ではこの部屋の合鍵をお預けしますね」
「うん、分かった」
俺は鍵を受け取り、鍵を閉め。自分の部屋に戻った。キッチンでサクッとおじやを作り、アリサの元に運んでいく。
アリサは猫の絵柄がプリントされた可愛らしいパジャマに着替えていた。
「熱いから気をつけてね」
「ありがとございます。美味しそうですね。いただきます。ふーふー」
アリサは冷ましながら、おじやを美味しそうに食べている。
うん、さっきよりだいぶ体調が良くなったみたいで安心した。
「とってもおいしいですよ、
アリサは俺の方を向いて微笑んだ。その柔らかな表情に、俺はドキリとしてしまう。
「そ、そりゃあよかったよ。さて、連絡先教えておくから、何かあったらに呼んでよ。すぐに駆け付けるからさ」
俺は連絡先を教え、帰ろうとする。
「あっ……」
「ん?」
アリサが俺の
そうか……不安だよな。ゴミの件で友人や家族にも連絡出来ない状態で、高熱で独りなんだ。
「早乙女さん、やっぱり俺、もう少しここにいようか?」
「い、いえ、私は大丈夫です。
誰が見ても明らかな強がりだ。
「いや、もうちょっとここにいてもいいかな? 少し休憩もしたいしね」
「そ、そうですか? なら仕方ないですね」
アリサはホッとしたのか「ふわぁ、なんだか眠くなってきました」と小さなあくびをする。
「うん、しっかり休みなよ」
半分寝ぼけているのだろうか? トロンとした目で、こちらを見つめている。
「どうかした?」
「どこにも……行かないで下さいね?」
こんな時に不謹慎かもしれないが、俺はその言葉に胸がドキリとしてしまった。
「う、うん。……早乙女さんが寝るまではここにいるよ」
「はい、安心しました」
「そうだ。明日、朝食作っておこうか? 卵サンドイッチでいいかな?」
「はい、楽しみにしてます。むにゃ……」
安心したのか、アリサは眠りについたようだ。すやすやと眠るその姿は、まるで子猫のように可愛いらしい。
「おやすみ、早乙女さん」
俺はそっと部屋を後にし、受け取った鍵で、ロックをする。
「明日、鍵を返さないとな」
俺はその鍵を見つめる。
信頼できる人にしか渡せない鍵を、非常時とは言え渡されたことが、なんだか少し誇らしかった。
ただそれも明日までだ。明日で俺と彼女は、再びただのクラスメイトへと戻るのだろう。
少しだけそれを寂しいと思う。そう、それは鍵一本分くらいのほんの少しの寂しさ。
俺はその少しの寂しさを胸に抱え、自分の部屋へと戻ったのだった。
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