case03 : 不確かな痕跡
「警備の詳細ですが、"この会社内に不審な人物がいないかを探すこと"、"緊急事態が発生した場合にその解決に当たること"。社長や社員の皆様に被害が及ばぬよう、この会社を適当に巡回していただければと思います。基本的にどの部屋にも勝手に入って構いませんが、鍵がかかっている部屋に関しては必要ありません」
社長室から出た後、俺達は1階のロビーで副社長から警備の詳細を聞いていた。
もう少し動きに制限があるものだと思っていたが、予想よりも大雑把だ。余程罪を隠すことに自信があるのか、もしくは……。
「適当に……とは、会社内を好きに回っていいと?」
「はい。ただし、棚の中の物はできるだけ触れずにお願いします。薬の状態が悪くなってしまう恐れがありますので」
副社長はそこで一息着くと、ポケットから黒いイヤホンを取り出して俺達に渡した。
「警備中はこれをしておいてください。こちらからの指示はこれを通して行います。通信は一方通行なので、ご注意ください」
「もし不審な人物を見つけた時は?」
「受付にて報告してください。緊急の場合には社長室に直接お願いします。他に質問はございますか?」
「大丈夫です」
「では、私はこれで失礼します。今日はあなたがたを含めて10名の方が警備をしてくれています。トラブルになりませんようイヤホンは常時つけたままでお願いします」
沙華月副社長は、丁寧にお辞儀をして去って行く。
社長の話でもあった通り、期間は数日間とのこと。こちらも元から長居をするつもりはない。
「んじゃとりあえず、社内の通路の把握も兼ねて調べに行こうぜ」
ロビーの椅子が合わなかったのか、一階に戻ってきてからからソワソワしていた榊原が徐に立ち上がる。腰をさすっているから、やはり合わなかったようだ。
「そうだな。事態が起こった場合に備えて場所の把握は大切だ。1階から順に見ていくことにしようか」
俺と一ノ瀬君、榊原で近くの通路に向かう。何故かラックは自らの大きさを変えて、一ノ瀬君の頭に乗っている。
何故かとは言ったが、そこは最近のラックの定位置である。理由は単に歩くのがめんどくさいからだと。彼女がいない時は、主である俺の頭に遠慮なく乗ってくる。
困ったものだが、こうしてしっかり手伝ってくれているので良しとする。
「しかしまぁ……広いよな、この建物」
「ですね。このフロアを把握するだけでも骨が折れそうです」
社員や警備と思われる人影が多く見られる。だと言うのに随分換閑散して見えるのはこの建物の規模によるもの。
これ程大きな建物に複雑な内部構造も相まって、十分な警備の強化に時間がかかるのも無理はないな。
「先に地図を探そう。これだけ大きな建物だ。社内の地図がどこかに設置されているだろう」
「そうしましょう」
「了解!」
一旦バラバラになって地図探しを優先する。
俺と榊原は単独で、一ノ瀬君はラックと一緒に社内を探索することにした。
地図は普通受付付近か、エレベーターなどの階層を移動出来るものの近くにある事が多いんだが……どうやらここは違うらしい。
早いのは受付に聞くことだが、自分達で見て回る方が部屋の位置を把握できる。あえて時間を掛けて探せば自分の目で見て覚えられる。
すぐに人に聞くという行為が、最善の結果に繋がるとは限らないこともある。
俺は受付と反対の方向へと歩きだした。
学校のような直線の廊下とは程遠い、わざと通路を複雑化された通路。まるで薄暗い迷路にでも迷い込んだと錯覚させられる。
出口のない闇。深く踏み込めば戻れなくなる。
そんな予感めいた不快感が肌を伝う。
――お前が裁けない悪を、俺が裁く。
……辞めておけ。その
――悪いがもう決めたことだ。俺は俺の信念のために、手を汚す覚悟をした。
色を失った見たことの無い瞳をしたあいつを、俺は――止められなかった。
「――っ、捜索中に記憶に飲まれるとは……、まったく、俺も暑さにやられたらしい」
数人の白衣を着た社員が、慌ただしく横を通り過ぎて行く。今は外部の警備依頼で見知らぬ人も大勢行き交う。
怪しげな男が壁によりかかっていた所で、誰も気にはとめないのだろう。
「魔力の気配は……なし。だが、影響を受けている可能性は充分にある、か」
そもそもこれだけの魔術師が集まっているのだ。
魔力の気配を感じたところで、特段不思議でもない。
魔術の戦闘になったとして、
内部の構造もこの複雑な有り様。死角があると敵に侵入されやすいが、魔術師対策ならば最も正しい方法と言える。
基本魔術は直線的な軌道を描くモノが多い。最低でも、対象を視認していなければ狙いようが無い。
内部構造を複雑にすると、戦闘発生時に時間が稼ぎやすいメリットがある。死角からの攻撃を警戒し、無闇に動けなくなる。下手に顔を出せば集中砲火を浴びるのは少人数の犯人側だ。
「しかしまぁ、こう部屋数が多いと、地図と比べるのも一苦労だろうな」
地図を探し数回通路を曲がり、さらに奥へと進んでいく。すると、1番端の部屋と思われる場所まで来た。四角い1フロアの最奥ともあり、この建物で一番長い廊下だろう。
1部屋の効率を考えると、この通路だけは直線にせざるを得なかったと。
「右側の通路には7部屋ってところか……」
俺は始めの通路を曲がってからずっと、右側の通路を歩いてきた。おそらく1階は倉庫や薬品室などの物を保管する部屋が多い。
ほとんど人と合わない事にも納得がいく。
これだけ大きな会社であるのに、ここまで見かけたのはわずか数人。電灯が付いているにもかかわらず薄暗いのは、人通りが少ないからなのだ。
「反対側から戻るとするか」
引き返さずに反対側の通路へと進む。
「〜〜〜〜……」
建物四つ角の1角。大きな部屋の前を通り過ぎると、その室内から微かな話し声が聞こえてきた。扉に近づいてみるが、思ったよりも分厚い扉越しでは声を聞き取るのは難しい。
「"――振動感知"」
俺は壁に手を当てて、微弱な魔力を練る。
振動感知は、空気中の揺れや振動を五感で感知できるようにする魔術。揺れを体で感じるのでは無く、揺れそのものを魔力に変換し触覚的・聴覚的に捉えることができる。
声は簡単に言って空気の振動だ。壁によってその振動が遮られてしまっているので、1度魔力に変換して壁を通り抜けさせた。魔力は物体に関係なく存在する。魔力を防げるのは同じく魔力だけ。
「――まったく……俺らの依頼者様は顔も名前も明かさねえってのに」
「そう文句も言うなって。ここに時差式の電磁魔術仕掛けるだけで50万だ。ここの警備の仕事も合わせればかなりの額が手に入るんだ。んなこと気にしない方がいいだろ」
「それもそうか。しかし、なんでこんな所に。ってか、ここってなんの部屋なんだ?」
「入口に書いてあっただろ?電気・機械って表示だったからそれ関連の部屋だろ。多分この会社の電気やら機械やらが詰まってんだよ」
どうやら部屋の中には男が2人だけのようだ。話にあった通り扉の横に『電気・機械』と書かれた部屋番号らしき表示が張られている。
こんな場所に電磁魔術など、この建物の電気が止まることは一目瞭然。よからぬ企みが動いているのは容易に想像できる。
……しかし、今この場所で戦闘になるのは避けたい。
上に目をつけられては、この先の行動にも影響が出る。
「よし、設置完了だ。確か"2時15分"に発動すればいいんだよな。怪しまれない内に警備に戻るぞ」
「あいよ」
俺は急いで左側の通路へと入り身を隠す。
「この後はどうするんだ?時間まで待つのか?」
「それがいい。周りに怪しまれないように警備を装いつつ、
2人の男はその部屋から出ると、逆の通路へと消えていった。部屋から出てくる際、鍵をかけた様子も魔術の罠も無い。
俺はその場からゆっくりと立ち上がり、電気室へと向かう。取手に手を掛けるとやはり鍵はかかっていなかった。
中はケーブルや配管がぎっしりと詰まっていて、中央に大きな機械が2台。そのうちの1台だけが稼働している。
(おそらく1台は予備電源だろう。片方が停止した時に自動で電気を復旧させるためのシステムか)
配管やケーブルにも特に異常は無く、魔術の痕跡や爆弾などの物理的な破壊工作もされていない。男たちの話では魔術――電磁波を発生させる罠を時差式で仕掛けたという。
先の会話を頼りに中央の機械の裏側へと移動する。
案の定、機械本体付近の床とケーブルにまで入念に細工が施されていた。
予備の機械にも同じように設置されている。
しかし、解除されるとは微塵も考えていない
時差、遅延型の魔術を使ったことが無い素人の罠。
仕掛けられた罠の魔法陣を観察する。
こちらも電磁魔術以外の術式は組み込まれていない。本当に危険な暗殺者などは、万が一バレても良いように陣を偽装できる魔術を重ねがけしていたりする。
「"
再度周囲を確認し、仕掛けられた魔術を消去する。
――魔法陣消去。
少し前、榊原が持ち込んできた件を解決するのに利用したものに近いが、これはより使いやすさに焦点を置いた一般向けの魔術だ。
規模の大きな魔術を消すには向かないが、魔力の少ない魔術や初級・中級までの魔術ならば、時間をかけずに消去できる。ただし、発動前の魔法陣にしか効果がない。
(他に怪しい場所もなさそうだな。…………ん?)
機械の周辺を眺め、部屋全体を見渡す。ふと目に入ったのは、この部屋に唯一存在する小窓。
僅かな違和感は小窓の下、こちらへと延びる何かの跡。
「足跡?それにしては」
小窓は小さな動物が何とか通れる程度の大きさ。
窓から何者かが侵入してきたとして、それが人間である可能性は限りなく低い。
さらに観察すると、足跡と言うよりかはただの汚れに近いことが分かる。
しかも、付いたのはかなり最近だ。
だが……そんな汚れが等間隔に点々と付いているのはやはりおかしい。
ここは機械室。
動物や機械を壊す恐れのある物を持ち込むなど、社員や警備の者が行うとは思えない。まして、その条件に該当する物を運び入れれば、誰かしら怪しむだろう。
俺は手を広げて汚れの間隔を適当に測る。
およそ20センチほどの間隔で、窓の下から扉まで続く。
(……野生の動物でも侵入したのか?)
改めて小窓を凝視し、先ほど感じた違和感の正体を探る。そもそも、ただの小さな足跡だと言うのに、何故こうも
新たな違和感が背中を擦るように思考の波に混ざり込んでくる。もう少し調べたいところだが、生憎そこまでの時間は無さそうである。
「そろそろ戻らねば、一之瀬君たちを待たせてしまうか」
2人と別れてから既に25分が経過していた。
1箇所に長居しすぎだ。
違和感の正体を掴めぬまま、俺はその場を後にした。
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