case04 : 裏の本性

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「遅いぞー、何かあったのか?」


 ロビーに戻ると既に2人も戻ってきていた。榊原やつの暇そうな顔を見るに、かなり早くに引き上げていたようだ。


「悪い、少し部屋の確認に時間がかかった。しかし、お前は随分と早く戻ってきたように見えるが」

「まぁな。こっちの通路はすぐに行き止まりだったんだ。鍵がかかっていたから中は確認できていないが、薬品保管庫って書いてあったぜ」

「私達の方も特に変わりはありませんでした。お部屋はたくさんありましたけど、人通りも少なくて、ほとんど鍵のかかった部屋でした。あ、他の警備の人には会いました」

「そうか、こちらも似たようなものだ。が、1つ気になる事があった」


 俺は先程の電気・機械室での事を話しておくことにした。まだ何か起きたわけでも無いので、特段対策が必要なものではないが。


 情報共有を済ませると、話を聞いた榊原やつが納得気に頷いた。


「それで遅かったんだな。んで、わざわざその話をするって事は、何か気になってるんだな?」

「気になる、か。どちらかと言えば知っておくべき事があってな。悪いが、如月に連絡を取って"月坂末葉"について調べてもらってくれ」

「あの社長のことだな。了解した」


 何故、どうしてと詳細を細かく共有していたら時間もかかる。さらに、どこで誰が聞いているかも分からないこの状況で、作戦にも成りうる情報を提示するのは危険だ。


 榊原こいつもそれは分かっている。


 俺の指示で少し離れた場所に移動し、小さな声で如月に連絡を取っている。


 俺も少し椅子に腰掛け、横にいる一之瀬君に視線を向けた。正確にはその上。


「……ラック。バランス取りながら、よく寝られるな」


 情報共有の間、一之瀬君の頭の上には気持ち良さそうに寝ている猫――ラックがいた。


「……zzZ…………っ?!あぁ、ご主人、ちょっと寝心地が良すぎた。それに変身するわけにもいかないんだろ?」

「そうだな。別に寝てるのは構わない。ただ、頭の上で爆睡できる平衡感覚が羨ましいと思っただけだ」

「自分、猫なんでね」


 自信満々にドヤ顔しているが、やっていた事は寝ていただけ。

 一之瀬君は平気そうなので、重さは問題無いようだ。


「ラックさん、思ったよりもずっと軽いんです。話しながら探索していなければ、乗せていることを忘れそうになるほどでした」

「なんと言うか……妙な部分で努力するな」


 猫の姿では人の歩く速度に合わせるのは大変だ。人の姿になれない以上、一之瀬君に乗っているのは仕方がないと思うが、……何故頭なのだろうか。


 そんな余計な事を考えていると、如月に話を通してきたらしい榊原やつが戻って来た。


「次は2階に行くのか?」

「ああ、だが聞いた話では2階は主に食堂だとか。もう12時半をすぎている。飯を食べながらこの後の予定を再確認しよう」

「もうそんな時間か。そりゃ腹が減ってくるわけだな」


 榊原こいつそう気がついたが最後、本人の腹が音を立てて鳴った。こいつには、もう少し緊張感と言うものを教えた方が良いな。これ以上腹の音がうるさくなる前に食堂に向かうとしよう。


「食堂は階段を登ってすぐだって」

「この時間だ。混んでいるだろうな」


 食堂は予期していた通り、かなりの人で賑わっている。


 中には、警備に来ている魔術師であろう人の姿もあった。平常時よりも混んでいるのだろう。


 俺達も食堂の入口を抜け、料理を取りに行く。


「食券とは、珍しいな」

「高校以来だなー。そもそも食券制自体が珍しくなってるから、そう考えると俺達の学生時代も珍しかったのか」

「それは珍しかったわけじゃない。ただ、古くなっただけだ」


 昔の事を思い出す。

 数年前は紙での食券は普通のことであったが、今は魔力を通した魔道具の普及によって、券そのものが要らなくなった。


 この分野の進歩は昨今目まぐるしい。


 食券の機械の前に立ち、お金を取り出そうとすると機械がなにかのスキャンを開始した。しばらく待つと、機械のボタンが全て赤くなる。


「金はまだ入れていないよな」

「ああ、おそらくだが先程貰ったこれの影響だろう。食事はタダって事かもな」


 俺は耳に付けていたイヤホンを示す。

 機械のボタンに反応するように、イヤホンの一部も赤く点滅している。


「これか!へぇ有難い限りだな」


 昔ながらの食券かと思ったのだが……謎に改造が施されていた。


 俺はとりあえず天ぷら定食の券を買い、受け取り口へと向かう。こちらも昔ながらの手渡しで、人の良さそうなおばちゃんに食券を渡す。しばらく待っているとおばちゃんが笑顔で料理を渡してくれる。こういうやり取りにも、何だか懐かしさを覚える。


 決して効率的では無い。だが、非効率故の暖かみがある。


 混んではいたものの、偶然にも窓側の席が空いていた。

 先に座って待機していると、すぐに2人もやってきて飯となった。


「壁際が空いているなんて珍しいな」

「ここは学校では無いからな。移動しやすい中央の席の方が人気があるんじゃ無いか」

「なんと言うか、悲しい事実だな」


 学生時代とは違う考え方へと変化する。それが望んだ変わり方では無くとも、大人になるとはそういう事だ。


「ラックも何か食べるか?」

「特に食べたい物は無いが……くれるのか?」

「そうだな。天ぷらを1つやろう」

「やったぜ」


 俺は空いた皿に天ぷらを置き、横にズラす。


 頭の上にいたラックが机の上に移動し、天ぷらにありつく。天ぷらを猫が食べても大丈夫なのかと心配になったが、こいつは猫であって猫ではない。気にする必要も無いだろう。実際の猫が大丈夫なのかは調べてみる必要がある。


「そういえば、あの子猫は置いて来ちゃったが、大丈夫なのか?」


 やり取りを見ていた榊原やつが、思い出したように尋ねる。


「朝食は一之瀬君があげていたな」

「はい、お昼もお皿に用意して置いてきました。多分大丈夫だと思います。グレちゃん、とても賢いですから」


 一之瀬君は、猫を預かった次の日に部屋の整理をしていた。大事な物や危険な部類の物はタンスの中にしっかりと収納し、細かい隙間ができないように家具を移動させた。


 それでも少し心配である様子が伝わる。連れてくるわけには行かなかったので仕方がないことだが……、その様子に気がついたのか、ラックから気遣いの声がかかる。


「グレなら心配無いぞ。首輪に魔術をかけておいたからな。居場所と体調・感情はすぐに分かる」

「それはちょっと過保護過ぎないか」

「異常があってからでは遅い。本当は瞬間移動の魔術でも覚えて、一瞬で戻れるようになりたかったんだがな……。流石に数週間で覚えるには無理があった」

「その努力を継続していれば、いずれできるようになるだろう」

「理由には触れないんだな」


 榊原こいつのツッコミには反応せず、そろそろ本題へと戻る。この後の予定についてだ。


「午後は、初めに2階を一通り調査して早めに3階へ向かいたい」

「社内の地図を探すのか?」

「いや、階段を登った食堂とは反対にそれらしき看板があった。2階はこの食堂が大半を占めているようだから、そこまで時間もかからないだろう」

「問題は、さっき亮が言ってた魔術か。確か"2時15分"……だっけか」

「3階の確認も含めると、余裕をもって移動したいところだな」


 天ぷらを頬張りながら、ラックがこちらを見上げる。


「停電が狙いかもな」


 機械室に電磁波。

 その線が高いのは間違いない。


「確定することはできないが、社長の身に被害がでることは避けたい。陣を破壊しておいたから、停電はしないはずだが犯人側が別に仕掛けてくる可能性は充分にありえる。護衛の依頼では無いが、被害が出ると分かっているのなら護るために動いてもいいだろう」


 狙いが社長であるかは未確定だが、最優先で対処すべきは社長の安否だ。


 それに如月に頼んだ件の報告がまだ来ていない。


 連絡が来れば、だいたいのことは解決するだろう。

 今ここで結論付けるのは早計。推理の事実確認は、全ての情報が揃ってからで遅くない。焦りこそ最大の敵だ。


「別にそこまで急いで食べる必要は無い。まだ1時前だ」

「は、ふぁい……」


 口に米をいっぱいに含んだ一之瀬君が顔を赤くして返事をした。急がせるような事を言った俺が悪かった。


 昼休憩くらい、ゆっくりしても怒られはしない。



 それから数十分後、全員が一息つけたところで調査を再開した。2階は、予想以上に食堂の面積が広く、大した収穫はなかった。地図と調査結果を見比べても、気になる点は見当たらない。


 1階は実際に歩いて感じた通り迷路のように入り組んでいた。倉庫や薬品金庫などが集まっているから、重要な部屋のカモフラージュにも見える。


 木を隠すなら森の中とは、よく言ったものだ。


 対して2階は、元から食堂を設置するために造られた空間だろう。余っていた部屋も、物置というより空き部屋に近い。


「2階はこんなモノか」

「3階は1階程では無いが通路が複雑だったはずだ」


 上の階に移動する。ちょうど昼過ぎだったこともあり、エレベーターにはそれなりの人が待機している。


 めんどうなので、俺達はすぐ横の階段で3階に向かう。


 3階は、こちらも1階とは比べ物にならない程の人が右往左往している。


 午前中に訪れた時はこれ程人の姿はなかった。おそらく室内で作業の時間だったのだろう。


「はぁー、こんなに人がいたんだな」

「ここが主な作業場だろう。見た感じ研究室とかもありそうだ」

「学校の昼休みのようですね」


 人が移動する時間帯が決まっている仕組みは、確かに学校と似ている。


「――のようではなく、今は昼休みで間違いないぞ?」

「ひゃっ!?」


 突然後ろから声がして、一之瀬君が思わず声を上げる。


「そんなに驚かなくても……」


 そこに居たのはセミロング程度の紫髪の女性。

――ついさっき会ったばかりの御仁。


「……社長、ですよね?こんな所で何をしてるんです?」


 眼鏡をしていないが、ここに来てから紫色の髪をした人は1人しか見ていない。


「何って、休み時間だ!椅子に座るの飽きたから、適当に歩いていただけだぞ!」

「何か口調変わってません?」


 初対面の時は、「あら」とか「お願いしますね」とか言っていた気がするのだが。


「それは初対面だからだ!第一印象は大事だし、私が社長です感を出すために、仕方なくやらされているだけ!」


 つまり、こちらが素、という訳だ。

 お上品のおの字も無い。――子どものような笑顔。


「あ、そうだ!何か敬語って気持ち悪いから普通に接してよ!沙華月君には毎度怒られるんだけど」

「まぁそれでいいならこちらは構わない。それよりも、こんな所にいて大丈夫なのか?何かあったら困るだろうに」

「大丈夫大丈夫!それに今1番危険なのは沙華月君に見つかる事だから!」

「――誰に見つかるんですか?」


 気づけばそこには副社長の姿が。

 気がついていたが、あえて黙っていたのは秘密だ。


「全く、社長室にいないと思ったら……早く戻ってください。まだまだ仕事が残っているんですからね」

「横暴だ!まだ休み時間は残ってるんだぞ!休ませろー!」

「それはきちんとと午前の仕事を終わらせた人が、初めて口にしていい台詞です。今日の分の仕事は、今日中に終わらせるんです」


 あの社長、仕事を放置してたのか。思っていた人柄と違いすぎて、第一印象の凛々しい姿がボロボロと崩れて落ちて行く。


「社長がお騒がせしました。失礼します」

「やめろーー!わ、わかったから離せ!」


 副社長に引きずられて社長室に戻る姿は、既に威厳などとは遠く離れた子どもにしか見えなかった。


「なんと言うか……人は見かけによらないって本当なんですね」

「あれはだいぶ特殊だと思うけどな」


 たった数分の嵐だったが、社長のイメージ大きく変化し、次いで犯罪を犯すような人には見えない事も分かった。親しみやすい……と表現するべきだろうか。


「………………」


 社長が現れてからここまで、後方の通路の影から誰かが覗いていることに、この時には既に全員が気づいていただろう。

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その探偵、天才魔術師により~ 深夜翔 @SinyaSho

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