case02 : 魔術師として

 過去話を一息に話し終えた俺は、一之瀬君が用意してくれたコーヒーを飲み干す。


 嫌な記憶であったのは榊原も同じだろう。


「……あの、その時の犯人と今の事件の犯人が同じかもしれないんですよね」

、と言うだけだがな。当時、裏の業界ではそこそこ有名になっていて、模倣犯による事件もいくつかあったはずだ」

「所詮は模倣犯、意図も何も無い雑な暴行ばっかりだったし、全員とっ捕まえてやったがな」

「えっと……つまり、その犯罪者が生き返ったと言うことですか」


 その問いに、はっきりと頷くことは出来ない。

 先程も話したとおり、前提条件として死者の蘇生は厳しい条件と高度な魔術を要するのだ。


「あの時死んだのが犯人では無かった可能性もある。生き返った可能性がゼロだとも言いきれない」

「つまり、まだよく分からねぇってことだ」


 巨大な爆発により見つかった死体は、誰かが分からないほどに焼け落ちていた。死体の身元を特定することは叶わなかったのだ。


「"復活"とは限らないんだよな?」


 黙って話を聞いていたラックが、丸まった体から顔を起こしてこちらに疑問をなげかける。


「であれば、死者の復活じゃなく、幽霊とか妖怪になって生まれ直したって可能性だってあるよな」


 それは複数ある可能性の一つ。

 だが、猫から妖怪へと復活を遂げたラックが口にすると、何やら真実味を増す。


「否定はしない。だが、それは可能性の中でも極めて低い真実だろう」

「その根拠は?」

「簡単な話だ。榊原、襲われた現場には残っていたか?」

「まるで現場に行ってきたかのような見通しっぷりだな。――残ってなかったよ」


 それが答えだ。

 妖怪や幽霊など、この世にモノたちは魔力を消すことが出来ない。


「ラック、お前と出会った時もそうだったぞ。薄ら違和感のある魔力を感じた」

「そうなのか?!俺は魔力を出しているつもりは無いんだが」

「魔術的な視点から見た時、人間は身体から魔力を生み出している。その魔力は体内を循環し、意識的に体外へ放出しなければ漏れることは無い。しかし、妖怪――魔法的生命と呼ばれる君らは、身体そのものが魔力出できていると言っていい。魔力の痕跡や気配があるのは、そこに存在している証明だ」


 この世界には様々な視点がある。

 俺は魔術に触れ、魔術的視点から魔力を扱っている。


 他の視点で、別の力を扱う能力も、この世にはいくつか存在するのだ。この世の全てを、己の視点からだけで判断するのは危うい。


「けど、悪魔と戦った時、あいつらは壁越しの俺を探知できなかったぞ?魔力に敏感なアイツらが見逃したのか?」

「魔力の感知には個人差がある。魔力に敏感な者・種族もいるが、結局はただの個体差なんだ。人よりも遠くのものが見えたり、小さな音でも聞き取れたり、……逆に気配に鈍い人がいたりな。俺も魔力の感知能力は高い方だが、離れたお前を直ぐに感じ取れるほどじゃない」


 感じ方的には、体温とかと同じようなものだ。

 手が冷たければ冷たいと感じるが、自分自身も冷たかった場合、人の冷たさを感じにくいのと同じ。


「現場に出向いても俺だけでは魔力を掴めないことも多い。だが、日本の警察が有する魔力探知の道具があれば、どれだけ細かな魔力であろうと感知が可能だ」

「そんなものがあるのか。……ってことは、魔力が残ってねぇってのはつまり」

「あぁ、少なくとも妖怪や霊体の類ではない。元々死んでいなかったか、死から復活したか。どちらにせよ、捜索には骨が折れるだろう」


 俺は心の奥底に溜まる泥を空気と一緒に吐き出して、空のカップを持ち上げる。……飲み干したばかりだったな。


「あ、おかわり持ってきます!」


 一之瀬君はその反応にキッチンへ走る。

 彼女の敏感な気遣いには恐れ入るばかりだ。


「…………」


 それに対して、先程から暗い顔をしている榊原に視線を向けなおす。普段のやかましい榊原も鬱陶しいが、暗い顔で黙られるのはさらに気色悪い。


「いつまでそんな顔しているつもりだ。奴の捜索が依頼なんだろう?お前自ら押しかけて来たと言う事は、次の被害者もある程度見当が着いているはずだ」


 スーツ姿なのは、仕事中であることを示す。

 それでも、榊原自ら資料を持ってこの暑い中出向いてきたのであれば、相応の準備があっての事だろう。


 何も考えずに突撃してくるような馬鹿では――いや、馬鹿だったか。


「お、おう、そうだったな。今警察こっちで疑っているのは二人、報道の被害者と類似の大手自動車メーカーの副社長。襲われた永塚社長と何らかの取引が疑われている」


 危うく榊原への評価が落ちるところであった。

 さすがに、きちんと調べは着いているらしい。


 前の事件との繋がりがある。

 いかにも奴が狙いそうな立場の人間だ。


「もう1人は?」

「こっちも有名な人だ。月会製薬っていう薬品会社の社長――月阪つきさか末葉まつは。被害にあった社長とは関係ないが、最近になって異常な伸びを見せた会社だ。それに伴ってか大規模な警備の強化をしていて、つい最近、大量の魔術師を依頼したとか」


 机に散らばる資料の中から、榊原が一枚を拾い上げた。


「計二十四、か。随分多いな」


 現時点で犯罪を犯しているとの情報は無いらしい。であれば、優先すべきは前者の方か……、いや。


「その薬品会社が魔術師を雇ったのはいつの話だ?」

「いつ?……確か、3日くらい前だったぞ。別の資料に書いてあったはずだ……えー、これだったか?いや、こっち?」


 所々で抜けているというか……さては、お前が作った資料じゃないな?


 まぁいい。

――しかし3日前か。


 もし事前に襲われる事が分かっていたとすれば、タイミング的に先の事件発生と合致する。警備にしても、大量の魔術師となると相当金を掛けたはず。

 それだけ狙われる可能性を考慮していると言うこと。


――当たりか。


「榊原!月会製薬だ、直ぐに向かうぞ」

「何か分かったのか!?月会製薬だな、直ぐに手配する」


 俺達は早速移動の準備を開始する。


「あ、あの……私達は……」

「留守番でもいいが……どうする?」

「い、行きます!」

「俺もご主人について行くぞ」


 自らの意思で動く事に意味がある。

 こちらの準備に合わせて、一之瀬君とラックも各々準備のために動く。


「10分後に迎えが来るってよ」

「榊原、お前は何故、毎回歩きで来る?こうなると分かっているなら車を準備しておけ」

「いやー面目ないぜ!1人なら車より強化して走った方が早いもんで、ついな!」

「お前の頭は筋肉しか入ってないのか?少しは頭を使え頭を」


 普段の調子を取り戻しつつある榊原に呆れながら、迎えが来るまでに準備を済ませる。


「待ってる間に聞くけど、どうして月会製薬だと思ったんだ?」


 準備も何も無く待つことに飽きた榊原は、退屈しのぎにと疑問を尋ねる。


「奴は襲う前に確実に予告状を出すだろう。そして襲われる人間は、何かしら後ろめたい物事を持っている。つまり、警察には極力関わりたくは無いとはずだ。もし予告状を本人が見つけた場合、そいつはどうすると思う?」

「……警察以外に守ってもらう……社長、それで金か!」

「あぁ、事情を知らない別の誰かに、大金を払って守ってもらえばいい。権力者ならばいくらでも出せるだろうからな」

「それで大勢の魔術師か……変な所に目をつけたもんだ」


 魔術師は仕事でも職業でも無い。魔術が使える者、その総称なのだ。魔術師も普通に働いていて、先生や警察はもちろん、その辺のコンビニ店員だろうと魔術師の可能性は大いにある。


 なので、魔術師を警備に集めると言うのは考えているよりも大変な事だ。おそらく相当な額を提示したのだろう。


「榊原、お前は今回建物の外で待っていてくれ」

「まぁ……そうなるわな。警察に関わりたく相手を訪ねるのに警察を連れてちゃ火に油だもんな」

「俺達が潜入する間に仲間を呼んで、バレないように待機していてくれればいい」


 珍しく物分りの早い榊原に少し困惑する。いつもならギリギリまで粘られるものだ。もっとも、粘られたからと言って意見を変えるつもりは無い。


「おっ、迎えが来たみたいだ。行くぞ!」


 実際に関われないのに妙に元気なのも気になる。


 ……さては何か企んでいるな。

 昔から榊原は隠し事が苦手な奴だ。どうせ潜入について行く方法でも思いついたのだろう。


 無駄に策略だけ巡らせて、返って失敗しないよう見張っておくべきだろうか。――そんな無駄な思考を持ち合わせるくらいには、俺の心も落ち着きを取り戻していた。


【――月会製薬――】


 目的地である建物は、案外そう遠くない場所に位置していた。事務所から車で約30分。

 そこに聳え立つ何とも言い難い存在感を放つ建物に、俺達は多少の驚きがあった。


 謎の建物があることは知っていたが、こうも近くで見あげると、その異様さが際立って感じる。


「これは……」

「また随分癖の強い……」


 建物の形自体はありふれた物だ。問題はその色と装飾。外壁は全て黄緑色で塗られており、てっぺんに薬のカプセルをかたどったオブジェがデカデカと飾られている。

 製薬の名をこれぞとばかりに押しているのは見て取れるが、白と水色に分けられたカプセルは、薬と言うより毒である。


「目立つなぁ、どうしてこんな建物を作ろうと思ったのか」

「胡散臭いと言うより、一周まわって面白い」

「とりあえず、話を聞いてくるからお前はここで待っていろ」

「いいや俺も行くぜ」

「……先程の話をもう忘れたのか?警察だとバレたら」


 建物の入口でグダグダしていると、中から1人の女性が出てきた。


 早足で目の前に立ち、こちらの様子を伺うように眺める。つい会話を止めてしまった俺達は、微妙な静けが漂う中、相手の女性が話し始めるのを待った。


「失礼致しました。私はこの会社の副社長、沙華月さかつきと申します。先程連絡のありました"神谷様"でお間違い無いでしょうか」


 長い黒髪にスラッとした体型。瞳が青色なのでハーフなのかもしれない。副社長と言うよりは、美形秘書という表現があっている気がする。


「突然押しかけて申し訳ない。魔術師の募集があると言うので連絡した次第です」


 いくら潜入とは言っても相手に不審がられると意味が無い。あらかじめ警備に加えて貰えないか連絡をしておいたのだ。もちろん、捜査だとは言っていない。


「いいえ。大変助かっております。緊急の事態であるため、警備が多い事に越したことはありません。お電話では3名と言う事でしたが……大丈夫そうですね。では一旦社長の元へお連れ致します」

「お願いします」


 何事もなく話が進み、初めに社長に会う流れになった。

 後ろには人数に含まれていないはずの榊原がしっかり着いてきている。


 俺は3人、つまり俺と一ノ瀬君、ラックの3人を連れて行く予定で伝えておいだのだ。だが、実際ラックは猫の姿のまま。


 そして、数を3人と伝えてしまったがために、榊原も俺の連れだと思われたのだろう。なんの疑いもなく入れてしまった。


「お前、この事が分かっていたのか」

「えっいや……本当はお前の助手ですって言うつもりだったんだが……これは全くの偶然だな!運が良かったぜ」

「頭を使ったと勘違いした俺が馬鹿だった」


 秘書……副社長の後に続きエレベーターで3階へと上がる。外から見るよりもさらに複雑な通路を通り、社長室の前にたどり着く。


「社長、連絡のあった魔術師の方とそのお連れ様が到着しました」

「どうぞー」


 中からの返答に副社長が扉を開ける。部屋の中は壁一面に本棚が置かれていて、分厚い医学書から一般の治療薬についての書物、漢方薬や薬の歴史など大量の資料と薬のサンプルなどが入っていた。


 学校で例えるならば、校長室よりも図書室や理科室の方が近い。


「あら、そちらが魔術師の方ですか?」


 そこで座っていたのは白衣を来た女性。眼鏡と紫髪が似合っている。こっちは薬品会社の社長イメージの通りだ。


「いきなり押しかけてしまってすまない。連絡した神谷だ。警備の人手が足りないという情報を耳にして、警備に加えて貰えないかと」

「ありがとうございます。こちらの都合がありまして、現在警備の強化をしているんです。詳細は契約書の通り控えさせていただきますね、本警備の準備が整うまでの数日間、よろしくお願いします」


 彼女の落ち着いた返答は、とても犯罪に手をかけているとは思えないほどしっかりとしたもの。しかし、榊原の情報通り警備の強化が行われているようだ。


 魔術師を警備にするのかと考えていたが、正式な警備隊が確保できるまでの繋ぎとしての募集だったようだ。


「詳しい説明は沙華月からお聞きください。沙華月さん、お願いしますね」

「分かりました。では着いてきてください」


 それ以上の会話は無く、副社長に連れられて部屋を後にした。

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