file.05 : 蘇りし犯罪者
case01 : 過去からの大事件
【――神谷探偵事務所――】
「暑い……」
「ですね、突然暑さが戻ってきたのは驚きでした」
ラックの事件から早いもので1ヶ月が過ぎた。
特に大きな事件も無く平和な日々を送っている。
変わったことと言えば、1週間に数回、何故か榊原が遊びに来るようになった。さらに毎回如月が共にいて、勝手にタダ飯を食っていくくらいだ。
そんな今は十月下旬。例年通りならばそろそろ半袖が厳しくなり、暖かな飲みものが欲しくなる頃だろう。
だと言うのに、事務所はクーラー全開。外に出るのも億劫な日差しが我々を窓辺から遠ざける。
――全てはこの異常気象の所為である。
十月が終わろうとしていたこの時期に、気温30度を超える異常事態が発生したのだ。
事態と言っても、自然現象である以上仕方の無いことではある。よって冬までのささやかな休暇を貰えていたはずのエアコンも、急遽出勤せざるを得なかった。
「全く、もうすぐ11月だと言うのに……予報では今日だけのようだから、気温差で風邪を引かんように気をつけてくれ」
「ご主人、妖怪は風邪を引くか?」
「分からん。幽霊なんかは実体を持たないから大丈夫だが、妖怪や悪魔なんかは現実の物体として存在している。事例は知らないが、病気になる事はあるかもしれん。健康であることに越したことはない」
「まあ普通にしてれば大丈夫って事か」
猫姿のラックがソファの上で丸くなる。
この異常事態では、外になど出たくもない。事務所でだらけていても許されるだろう。
――ピッ
特にやる事も無いので、何気なくテレビをつける。
……どのニュースも異常気象の話題ばかり取り上げている。朝からずっと同じ話題に、暇つぶしとはいえ聞き飽きた。
適当にザッピングを繰り返し、ふと報道番組で気になるニュースに目が止まる。
『――一昨日の夜7時頃、自動車生産会社で有名なdainの社長である永塚氏が、自宅で何者かに襲われる事件が発生しました。第1発見者は警視庁の警官2名で、直前に近くの交番へ犯人と思われる人物からの手紙が届いていたらしくすぐに永塚家に駆けつけた所、血塗れになって倒れているところを発見されたとの事です』
「物騒だな、相変わらず」
嫌な報道は見ない主義だ。
ただでさえ、探偵とは人の悪い部分を探る仕事である。
近付かずとも寄ってくる気分の悪い情報を、自ら探しに行くなど気が滅入る。自身の安定した精神を保つため、そういった情報から適度な距離感を空けることも時には必要な努力だろう。
……しかし、その後に続く情報に、テレビを消そうとした手が再び止まる。
『――なお、その現場には大量の資料が置かれており、永塚氏が麻薬売買を行っていたと云う内容が綴られていたそうで、警察はその真偽についても調査しているとの事。本人は酷い暴行を受けたような跡があり、命に別状は無いものの意識がない状態が続いています。状態の回復次第、改めて事情を聞くとのことでした』
「麻薬……、やっぱり社長ってのはみんなストレスを抱えているのか。にしても、殺されかけた上に秘密までおおっぴらにバレるなんて、運が悪い奴もいたもんだな」
「でも、実際犯罪をしていたとしたら、むしろ運は良いのではないでしょうか。身分の高い人達は隠すのが上手ですから。簡単には発見されなかったと思います」
ラックと一之瀬君はそれぞれの意見を交わしながら、続く報道を眺めている。
自分の意見を持ち、互いに意見交換ができることは素晴らしい。マスコミや世論に惑わされ無い心は、現代の様々な情報が飛び交う昨今において、非常に大切な能力だと言える。
「亮さん?どうしましたか?」
だが、俺は今そんな事を考えている場合では無かった。
襲撃と重傷、被害者側の罪の暴露、地位の高い被害者。
――何より警察への犯行予告。
この事件に、俺は心当たりがあった。
それも、2年も前に。
「神谷ー!暑いから涼ませてくれーー!」
そんな嫌な予感は的中し、暑苦しさを増す厄介な人物が玄関という防壁を難なく突破して事務所を尋ねてきた。
榊原である。
「……扉をさっさと閉めろ。冷えた空気が出て行く」
「おっ、この暑さでいつもよりイライラしてるな!」
「帰れ」
このクソ暑い気温の中、俺を苛立たせるためだけにやって来たのか?
だとすれば、その執念だけは買ってやるが、今すぐにでも追い出してやろう。
「……依頼を持ってきたんだよ」
しかし、続いた返答はワントーン下がった声色で、大きな鞄からいくつもの資料を取り出した。
振り返れば、能天気で鬱陶しい榊原には珍しく、スーツ姿で仕事モードで立っていた。大柄でバカ丸出しのこいつが神妙な顔をしているのは気色が悪い。
――だが
「ちょうどいい。この事件は本当なのか?
「おっと珍しく情報が早い」
今回ばかりは、俺も黙っては居られない。
こちらの問いかけに、榊原は取り出した資料を机の上に放り投げ、俺は散らばった資料を手に取る。
「これが例のメッセージ……予告状か」
「そうだ。近くの交番の扉に挟まっていたらしく、内容も
手紙の表側には、事件のあった永塚氏の住所、そして手書きで『Actions always have consequences』。
――行動には必ず結果が伴う
すぐさま手紙の裏側を見る。
そこには赤く書き殴られた英単語、
『――Guilty』
――有罪
「その
「あぁ、
「そうか……」
現在の魔術において、死者復活は難しい。
"難しい"と表現するのは、不可能ではないことを示す。無論、そこには経過時間や
残念ながら、誰それと手軽に生き返ることが出来る万能な魔術など存在しないのだ。
復活魔術は最悪の事態を回避する為の手段として、己の死をトリガーに発動させる魔術が多い。当前だが、例え生き返れると分かっていても死にたくはない。
今回の事件で厄介なのは、その
「あ、あの、何か知っているの……ですか?」
「まぁ、な。あまり思い出したく無いが」
ため息をつきたくなる、嫌な記憶だ。
俺は事務椅子に座る。
「ちょうどいい機会だから説明しておこう。詳しく話すと時間が掛かるから簡単に。
――2年ほど話だ。魔術による犯罪が急増していた頃、今回と同じような連続暴行事件が起きた。
社長やら政治家といった、それなりの地位に就く権力者達が相次いで襲われた。
襲われた場所は皆違っていて、自宅や会社、帰宅途中の被害者もいたな。奇妙だったのは、全員が裏で犯罪に手を染めていた悪人であったこと。隠蔽されていた犯罪情報が、襲われた事で世間に明るみになった。
世間に広げるやり方は色々あったが、ひとつ決まって警察宛に手紙が届く。例の一文と裏面に大きくGuiltyと書かれた手紙が。
警察としては、こんな事件の犯人を野放しにはしておけない。その犯人を捕まえるため、専用の捜査網が張られた。
その時に実際に捜査をしていたのが俺が所属していた"魔術捜査専門部署"。通称魔術師隊と呼ばれる部隊だった。
俺と榊原、如月に、新人を含めた計7人のチーム。
魔術師隊にはそんなチームが5部隊。それだけの人数がいても、その事件の捜査は半年にも渡って続いた。
俺達は基本的に2人1組での行動を心がけ、如月は今と同じ情報係だったか」
既に舞部隊は解散しているし、俺も仕事を辞めてそれなりに経つ。だが、内容を忘れるほど時間が経ってはいない。
まして印象に残り過ぎる程、痛烈な記憶だ。忘れられるものでもないだろう。
榊原は「懐かしいなぁ〜」と呟いて、うんうんと頷いている。さっきまでの緊張感はどこへ行ったのか。
一之瀬君とラックは、俺の過去を興味深そうに真剣な表情で聞いている。
「長いから捜査内容は省くが、その半年の捜査の末、ようやく犯人に辿り着いた。その間にも事件はかなりの数起きていたが、死者はゼロ。
それぞれの部隊で捜索は続けていたが、こちらにはあの如月がいる。犯人さえ分かれば居場所の特定など一瞬だ。
犯人が潜伏していたのは山奥の廃工場。
すぐに逮捕命令が出て俺達は敷地に突入した。
犯人は、俺達が工場内に入った瞬間に攻撃してきた。工場……でかい倉庫って感じの場所だったな。
俺達は物陰に隠れながら潜入したんだ。
途中の攻撃から違和感を感じて、俺一人で犯人に接近する事にした。
話ができる距離を維持して攻防を続け、最終的に捕縛する事に成功したんだ。しかし、そこで油断した。犯人が自爆覚悟の火属性魔術を工場に放置されていたガスタンク目掛けて放ち、引火した。工場が消し飛ぶ勢いの爆発に、俺は咄嗟に防御魔術で部隊全員を防いだ。
その時、仲間の2人が別の場所に移動していた事に気が付かず、2人は爆発に巻き込まれてしまった。
後になって、ボロボロになった工場から見つかったのは誰か分からないほどに焼け落ちた3つの死体。おそらくその内の1体が犯人だろうと言うことで、その事件は解決に至った。逮捕どころか、仲間が2人を犠牲にして……解決とは程遠い結末だ――」
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