case07 : 緊急!悪魔討伐作戦
「くだらんな、お前如きに負けるほど弱くはない」
俺はあえて悠悠たる態度で挑発する。
「へっ、そうかよ――っっ」
そんな安い挑発に乗った男は勢いよく床を蹴って迫り来る。初めから加速魔術を使っていたのか。かなりの速度で突っ込んでくる。
斧と言う大きな武器を扱うには狭い空間だが、目を離せば危険な速さだ。
――ドゴっ
斧に力を込めて振り下ろす。すさまじい威力の金属が地面にめり込み、煙が舞う。だが……
「どこを狙っている」
俺は男の懐へ回避し、横腹目掛けて手の甲で衝撃を与える。
――インパクト
体の中央に強い衝撃を受けた男は、くの字に体を凹ませて壁へと吹き飛ぶ。
……ついこの間も、誰かを壁に吹き飛ばしたような気がする。
よく分からん思考をする余裕を見せる俺を前に、瓦礫の中から男が起き上がる。
「な……にを、した。俺は確かに、ぶった切る手応えを……感じた」
この展開も、既にデジャブである。
「お前が切ったのは、俺がその場に展開した障壁だ」
――
弱りきった体を鎖で拘束する。
「くそっ……なんだこれは」
「その程度振り解けぬようでは、所詮ただの悪人か」
もう少し強めに煽りを入れる。
もちろん、この煽りには意味がある。
これで、奴が動いてくれればいいのだが。
すると、
「ふ、ふざけ……んな。お、レは、こんな所で……なめるなよぉぉぉクソ共がァァァァっっ!!」
叫んだ男の身体が黒く輝く。
光の中で、姿が見る見るうちに変化を遂げる。
「な、あいつ……人間じゃなかったのか」
後ろにいた黒猫が驚いた声を上げる。
これが、俺が黒猫を下げさせた理由だ。
「あれは悪魔だ。妙に魔力保有量が大きかったんで警戒していたんだ。正体を隠すのが上手い相手だ」
悪魔と言っても種類は多い。
一般的に知られている名前はアザゼルやメドゥーサなども悪魔の一種である。
無論、これだけ名前が知られているのは最上位悪魔だけ。元来、悪魔などの存在はめったに俺たちの前に現れるようなものではない。
有名な悪魔を直接見たことがある者は世界中を探しても一人いれば大発見物だ。
「ここまでは人化に魔力を割いていた。元の姿に戻れば、さらに多くの魔力を持っていることになる」
先程も少し説明したが、悪魔とは元々別世界の生命だったモノがさらに別の地獄に堕ち、そこから何らかの原因でこの世界に顕現した者。
原因は様々で、こちら側の人間が呼び出したり、災害など環境的要因で顕現したり。
人間の強い妄想や信仰が、堕ちた生命の特徴と結び付き自然とこの世に現れることもある。
後者2つの場合、魂のみが召喚されるため実体はなく、体の大部分を魔力で補って産まれてくる。
それにより、人間よりも多くの魔力を保有している。
「肉体を手放した悪魔は、物理攻撃はほとんど意味をなさない。
悪魔などの妖怪で一番厄介な特徴である。
本来、妖怪や悪魔は肉体のあるうちにとどめを刺すのがセオリーなのだ。
「お前は絶対に殺す……俺様を……侮辱した罪は、重いぞ」
「そうか」
そっけない返事をし、戦闘が再開する。
――
俺は魔術で剣を創り出し、同時に加速、強化魔術を併用する。三重構築。魔力の消耗が激しいが、もとより長期戦をするつもりは無い。
――カキン
金属と金属がぶつかり合う音が響く。
こちらの攻撃を、今度は悪魔が容易く受け流している。
「その程度、か……所詮は人間という事だ。力で俺様に勝る人間など存在しない」
つばぜり合いになった俺は、力の差で押し負ける。
強化魔術を使っても押し切れない、相当なパワーだ。
「ちっ」
これでは時間がかかりすぎる。
力の強い奴に近接戦は無謀だったか。
「集中しろぉ人間っ!!」
悪魔の左手が、黒く染まりながら眼前へと殴りつける。2重障壁に強化した武器をスライドさせ、ギリギリ直撃を防ぐ。
しかし、押さえつけることも許されず、今度は俺が壁まで吹き飛んだ。
「ぐはっ」
「戦いの途中に考え事とはいい度胸じゃねえか」
斧を肩に担いだ大悪魔は、もはや山賊にしか見えない。
体の大きさにお似合いのでかい態度で、こちらを見下すようにして立っている。
「油断しているのはお前だ、くそったれ」
手を伸ばし、手放した
――
――グシャァッッ
「…………ぐはっ、……な……にが」
肉を引き裂く鈍い音。
悪魔の腹が、一本の細い剣に貫かれた音だ。
「俺が剣を作れるのは、近場だけでは無い」
砂煙が晴れた時、そこには青白く輝く大量の剣が浮かんでいた。俺の手にも同じものが握られている。
「あれって……多重剣」
そう口に漏らしたのは一之瀬君。
よく知っているな。
「不利な近接戦をした理由を理解できなかったようだな」
悪魔に目を向ける。
剣召喚は、一本なら簡単に行えるが、それが多数となるとそう上手くはいかない。
予め魔力を練り上げ、剣の形に作り上げる溜めの時間が必要だった。
「ま、まさか……、戦いと同時に、剣の生成まで……?」
攻撃とは最大の防御である。
相手の意識を逸らすために攻撃を仕掛け、こちらが不利を装うことで相手の隙を作る。
「何故だ……なぜ、この剣は……っ俺を傷つけられる!」
「その剣は魔力だ。形が剣であっても、本質は魔術に他ならない」
俺が指先で指示を出すと、大量の剣が一斉に悪魔を襲う。魔術で生成した武器。魔力を使っているのだから、魔隠体にもしっかりとダメージを与えられる。
悪魔は回避しようと壁際に飛ぶが、量が多すぎる。
一本が足に刺さり、回避前に前方へ転ぶ。
剣の猛攻は止まらない。
転んだ悪魔の背中に、容赦なく何本もの剣が突き刺さっていく。
床に縫い付けられるように全身に青白い光が灯る。
相当なダメージを与えたはずだが、悪魔は抵抗を諦めていない。
――重力球・爆
空中に現れた暗闇の重力球が、刺さった剣を巻き込んで縮小。瞬間、爆弾のように一気に爆ぜる。
「しぶとい奴だ――障壁」
俺は自分と、一之瀬君たちを守る障壁を展開。
吹き飛ばされた剣が、形を保てずに魔力として空気中に霧散して行く。
「俺もなぁ、簡単には死なねえんだよ!てめぇはもう、守る程度の魔力しか残っていないだろ」
ゆっくりと、立ち上がった悪魔がこちらを睨む。
――獄炎
膨大な量の魔力を有する悪魔は、その無尽蔵に近い魔力で押し切ろうと火を放つ。
――障壁
俺は防御に徹する他ない。単純な魔力量の違い。普通の何倍もの威力で、空間が揺れたような衝撃波が生じる。
再び砂煙が舞い上がり、獄炎による爆発の煙も混ざって建物の廊下は先の見えない暗闇と化す。
今ので、障壁を突破したつもりか。
殲滅したと笑っているのだろうか。
それは戦いにおいて、最悪の油断となる。
己が見えないからと言って、全員が見えていないと思い込むのは強者のエゴだ。
「最後に、悪魔らしい油断だった」
「ぐ……はっ」
煙が晴れ、視界に明かりが灯る。
その先には魔力維持の核となる心臓部分を深々と貫かれた悪魔と、その背後で剣を握りしめる黒猫の姿があった。
「なん……だ、と」
「だから言った。油断であると」
核を失った悪魔は、身体の維持を行えず端から徐々に消滅していく。
「俺は初めから一人で戦ってなどいない。自分の魔術を過信して、己の視界を遮るような結末を選択したことが間違いだった」
黒猫が握っている剣は、先程まで俺が手に持っていたもの。悪魔が転んだ時、どさくさに紛れて渡しておいた。
「そう……か。俺は初めから、人間の手の上で……踊らされて、いた……のか」
悪魔は、首を回して部屋を見渡す。
「あれだけ魔術を使っても……家が全く壊れていない。斧の斬撃痕すら、残っていない。おかしいと……思ったんだ……お前」
言葉を紡ぐも、先に悪魔の限界が訪れる。続く言葉を諦めた悪魔は、最大の皮肉を込めて言葉を放った。
「この……悪魔め」
「褒め言葉だと受け取っておこう」
そのやり取りを最後に、悪魔は力尽きて魔力が四散していった。黒猫の剣の魔力を切り、残ったのは虚しい疲労感だけ。
疲労感の中で残された3人は、顔を見合わせて頷く。
「これで終わりだ。良くやったな」
「そう……か、勝てたんだな。俺たち」
黒猫は部屋を一望し、ふと思い出して口元をひきつらせる。
「あいつも言いかけていたが、お前……」
「思い出の場所を壊された形で見納めなど、この家の家主に申し訳が立たないからな」
俺はこの家に入った時に、この空間一帯を不滅の結界で覆っておいた。結界内の無機物は、全て元通りに修復されている。
「俺はもう驚かないぞ。そんで……」
黒猫が真面目な視線をぶつけてくる。
「ありがとう。おかげで、奴を倒すことができた」
「問題ない。だが、報酬無しの依頼はコレっきりだ」
この事件もこれで閉幕。
ハッピーエンドと言うには大きな犠牲を出してしまったが、少しはマシなエンドロールが流れることを祈るばかり。
俺はそのまま玄関の扉を直し、後に続く二人へ向き直る。
「とりあえず、帰るとしよう。大輔さんも待っている」
もう随分と夜も深けて、辺りは静寂と夜の闇に包まれている。……いや、今日は月明かりが眩しい。
家の雰囲気も、心なしか前より明るくなったような、そんな気がした。
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