case06 : 速攻捕縛作戦

 俺は呆れて深いため息をつく。

 あれだけカッコつけて頼んでおきながら、侵入する術を考えていなかったのか。


「侵入出来なければどうしようも無いだろう?」


 肝心な部分で抜けている。どこかの知り合いとそっくりだ。……いや、あいつはそもそも考えないか。


「亮さん、何か考えがありますか?」


 一之瀬君がこちらに視線を向ける。


「そうだな。少し荒っぽくはなるが、この後の動きも考えて1つ作戦がある」


 再び頭を下げ、一之瀬君と黒猫に作戦を告げる。

 

「目的は捕縛だ。戦闘はできるだけ最小限、速さ重視で行く」

「了解だ。侵入の方法は?」

「話を聞いた限り、玄関の奥は割と長い廊下になっているな?中にいる奴らを廊下に誘い出し、まとめて捕まえる。誘い出しと侵入を同時に行うため、あえて玄関を音が出るように破壊する。出てきたら奴らを捕まえて終了だ」


 要点だけを伝える。

 敵への対象までは指定はしない。というか無理だ。

 詳細な作戦を立てるには明らかに情報が足りない。


「まあ、焦って行動はするな。一回のミスで大けがをする可能性もある。目標は捕まえることだが、下手な手加減は無用だ。安全第一であることを忘れるな」


 相手は人を殺した悪人。

 慈悲も容赦もいらない。瀕死にさせたとしても、それはお互い様だろう。最悪、榊原辺りに押し付けておけば何とかしてくれる。


「大丈夫だ。案外心配性なんだな」

「私もっ、だ、大丈夫です」

「よし、では行くぞ」


 俺たちは玄関の前に移動し、覚悟を決める。


 手のひらを玄関扉に置いて、2人の様子を伺う。

 緊張しているが、既に覚悟は決まっている。

 目線で合図を出し、魔術を放つ。


――爆炎


 ドガン――っ!!


 小規模に抑えたがつもりだが、扉は物凄い音を立てて粉々に吹き飛んだ。やはり木製の扉に爆炎はやり過ぎだったか。


「後で扉は直しておこう。ついでに周囲の家に聞こえないよう防音結界を張っておいた。周囲を気にする必要は無い」

「お、おう……」


 黒猫が呆れたように反応した。

 何かおかしな事を言ったか。


「なんだ!おいっお前らはなんだ!」


 予想通り、奥の部屋から一人の男が出てきた。

 その動きには落ち着きがなく、明らかに動揺している。残念だが、その一瞬の隙は命取りだ。


――超重力領域グラビティホール

 先制して動いたのは一之瀬君。


 突然の出来事に慌てている男へ、躊躇なく魔術を叩き込む。


 彼女の生み出した重力場に、男は膝をつく。超重力領域は指定された範囲の対象にかかる重力を何倍にも膨れあげる魔術。


 重力を生み出すことは難しくとも、既に存在する重さに負荷をかけることは案外難しくない。


 だが魔力消費を抑えたが故に、敵を無力化できるほど致命的には至らない。


「俺が行こう」


 そう言って隙間から飛び出した黒猫。


――変幻自在己の望む姿へ


 走りながら魔術を使った黒猫が、突如人間へと姿を変えた。……耳としっぽが残ってはいるが、その他特徴は人間と遜色ない。


 背丈は俺と同じくらい、毛並みと同じく真っ黒の短髪に青い瞳。雑な服まで変身時に用意しているとは、どうやら姿を変えるだけの魔術では無いらしい。


「……妖術、それも人化か。なるほど、実に妖怪らしい」


 人化とは、黒猫が実践した通り、人以外が人に化ける際に使用する術。


 ただし、人間の使う幻術とは異なり、体の作りまで正確に書き換えることが出来る。


 一部の妖怪や式神が使用する、その特異稀なる技をこの世界ではこう呼ぶ。


――妖術


 妖術の詳細は諸説あるが、魔術界隈の一般では現世とは別の、写鏡のようで、また別の世界の魔力を扱う術のことを指す。

 陣を通して魔力を変換する魔術とは違い、妖術とはあちら側の存在を介して発動する。基本的にはこちら側の道具を別世界へ1度"堕とす"ことで、媒体として活用できる他、あちら側の住民、――妖怪を通して発動できたりもする。この世界の式神使い達が使用する式神も、妖怪と似た立場である。

 また、悪魔や精霊なども似た存在だが、妖怪があちら側が出身なのに対し、彼らは全く別の世界から1度あちら側に堕ち、この世に現れた存在のことを言う。


 分類上は異なる生物として扱うため、公の場で悪魔と妖怪は同じなどと言い回ると痛い目を見るだろう。


「猫さんは魔術が使えると……」

「本人が魔術だと思い込んでいるだけだ。それに、超能力という括りで言えば、魔術も妖術も大差ない」


 偉そうに語ってみたが、妖術を扱う者は少なく俺もほとんど見たことのない。ここまで話したのはあくまで知識として覚えていただけの話だ。


「はあ!」


 意識を戻せば、変身した黒猫が自身の肉体を強化して男のみぞおちに思い切り拳を入れているところだ。


「ぐは……っ、うっ」


 男は重くなった重力で動けないところに、遠慮なく拳を叩き込まれ気絶する。危うさも見られず無力化出来たのは、良い連携だった証拠だ。


 一之瀬君は魔術を止めて、ほっと一息。


「良い連携だ。一ノ瀬君の魔術も中々の精度だった」


 俺は彼女の頭を軽く撫でる。


「しかし……」


 彼女の頭に手を置いたまま、人の姿に化けた猫に目を向ける。


「その術はどこで覚えたんだ?」


 男を縛り付けていた黒猫は、俺の声に反応して振り向く。

「あんまり好きじゃないんだが、妖怪になってから使えるようになった。肉体の強化は本を読んで練習したものだ」


 こちら側の肉体が滅んだ後、魂での世界移動……。

 何らかの理由でこちらに戻ってきたと考えれば、妖術が使えるのも納得が行く。


「猫又の伝承には、人に化ける話もある。もしかすると、猫又というこちらの伝承に影響されたのかもな」

「そうなのか?」


 黒猫は意外そうに首を傾げながら戻ってくる。


「それより、もう一人はどこだ?」

「分からん。爆発音は聞こえていたと思うが、万が一どこかに出かけていたら面倒だ。……だが油断するな。どこかに隠れている可能性もある」


 魔術を使い、辺りを警戒する。


「誰が、隠れているだって?」


 その声は階段の上から降ってきた。


「やってくれたなぁ、お前ら。誰だか知らんが、俺様の部下を倒した覚悟はできているんだろうなぁ!」


 見上げると、そこには俺から見てもでかいと思えるほどに巨体の、壁のような男だった。しかも、でかいだけでなく物凄い威圧感を放っている。


「お前は……くそっ」


 黒猫が今にも走り出しそうな雰囲気で声を上げた。

 俺はそれを片手で制止する。


 敵討ちをさせてやりたいところだが、その存在が現れたのでは話が変わる。


「悪いな黒猫。これはお前に任せるわけにはいかない。一之瀬君と一緒に下がっていろ」


 静かに告げる。

 今のこいつでは、絶対に勝てない。


「何故だ……俺じゃだめだっていうのか」

「そうだ、お前では勝てない。あれはそのレベルだ」


 厳しい現実だが、返り討ちに合ってはなんの意味も無い。こいつのためにも、今は現実を理解させる方がいい。


「安心しておけ。あいつは俺が倒す。今ここで、絶対に」

「っ……分かった。よろしく頼む」


 悔しいだろうに、黒猫は素直に一歩引いた。

 大切なものを奪われた相手だ、復讐したい気持ちも痛いほど分かる。強く握られた拳が、その悔しさを現している。


 もし、俺がもっと早く、こいつらの苦悩を発見出来ていたら……こいつを復讐などと言うつまらないものに固執させずに済んだのかもしれない。


 俺が今ここにいることだって偶然が重なった結果に過ぎない。早く出会っていたからと言って解決出来るなどと思うその考えこそが傲慢である。


 だが、それでも。

 目の前で涙を浮かべる者を下がらせてまで、俺が前に出なければならない状況には苦しさを覚える。


 傲慢でも、無力でも、俺の行動ひとつで違った結末があったかもしれないんだ。


「……すまん。俺が、……早く助けられていれば」


 自分の未熟さ故の悔しさが、自然と声に出てしまう。

 1歩遅かった。その1歩が、俺を後悔に駆り立てる。


 だが、俺は首を振り、眼前の巨体と対峙する。

 こいつをここで殺すことが、今の俺に出来る最大の誠意というやつだ。


「なんだ、話は終わったのか?どんな作戦を立てたところで、結局は全員ここで死ぬ運命だが」


 男は嫌に口元を歪ませ、空間から大きな斧を取り出す。

 しかし、俺は微塵も臆することなく、悠然な態度で悪魔の言葉を一蹴する。


「くだらんな、お前如きに負けるほど弱くはない」

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