case05 : 決断の理由
【――お爺さんの家――】
その猫又が門の隙間から敷地内へ入っていくので、俺たちは門を開けてその中に続く。
門を通り抜けると目の前に大きな扉があったが、そこには目もくれずに左の草むらへと入っていく。そこで、俺たちはほとんどの真相がわかった。
「みゃぁ~」
そこには小さな猫が二匹身を寄せ合って縮こまっていた。白色のきれいな猫と、少し灰色の毛並みをした猫だ。
「………」
そこにゆっくり近づいて行く黒猫の後ろ姿に、俺たちは声を出さずに静かに見守っていた。夜という事もあって、一瞬の静寂が心底深いものに思えた。
「何やら、理解した顔をしてるな」
沈黙を破ったのは、下から俺たちを見上げる黒猫だった。
「さっき話した子猫たちだ。最高にかわいいだろ」
「みゃあぁぁ」「みゃっ」
子猫たちは、黒猫の姿を視つけて精いっぱい鳴き喚く。
「分かってる。今作るから待ってろ」
猫又は子猫たちの訴えに笑みを作り、魔術で空間から食材や鍋、箸などを出した。どこかで見た事のある物から、全く見覚えの無いものまで様々だ。
「これは……俺の店の鍋だ。仕入れたばかりの食材もある」
そう呟いたのは大輔さんだ。
「店主、すまなかったな勝手にものを盗んでよ。食材以外は明日にでも返しに行こうと思っていたんだ。まさか、こんな優秀な魔術師が知り合いにいたなんてな」
食材は大輔さんが証言したものと一致する。麺と野菜が少しずつ。後は森や川で採ってきたと思われる木の実や魚など。
盗まれたのは3日前からと言っていたはず。
量が減っていないように見えるのはどういう事か。
「量が減っていない。何もしていなかったのか」
大輔さんが尋ねる。
「ああ、野良の世界じゃ食べ物が見つから無い時なんて山ほどある。その未来が残されている以上、毎日食べ物を与えるわけにはいかない。苦しい思いをさせちまうが、俺にはこのくらいしかしてやれることが無い」
厳しい世界で生きてきた生命は、苦い顔で呟いた。
悲しい表情を見せる黒猫に、子猫たちは必死に擦り寄って鳴く。
「――伏せろ!」
そんなシリアスも束の間。黒猫が突如叫んだ。
一瞬戸惑うも、俺たちは言われるがままにその場に伏せる。
直後、真横の窓から光が漏れる。どうやら俺たちが隠れている場所に面した部屋に何者かがやってきたらしい。
窓の中をこっそり伺うと、人影が一つゆっくりと動いていた。
「どういうことだ?」
俺は黒猫に問う。
この家の家主は既に殺されている。建て壊しの話があったとしても、この時間に人がいるのはおかしい。
「あまり大きな声は出すなよ」
黒猫は窓を睨みつけて警戒しつつ、俺の問いに答える。
「この家には今、俺たちを殺した男たちが居座っている。恐らく、何かをするためにここを拠点としているんだ。俺がこうして生き返った後も、ずっとこの家に居座り続けてた。腹が立つが、護る者がいる手前、無闇に手出しはできない」
数分の間黙って隠れていると、人影が見えなくなった。
ゆっくり身体を起こして中の様子を伺うと、部屋には誰もいない。
「誰もいないみたいだ。もう身体を起こして大丈夫だ」
そう告げると、それぞれ肩の力を抜いて座りなおす。
「だが安心はできない。灯りが消えていないのは、また戻ってくる予定があるからだ。速やかにここから立ち去ろう」
敵かどうかは分からないが、悪人であることは確定。
そんなヤツらのそばにこれ以上留まるリスクを背負う必要は無い。
「なあ、ひとついいか」
黒猫が遠慮がちに口を開く。
「俺は、あいつらをこの家から追い出したい……いや、捕まえて警察にでも突き出してやりたい。俺は妖怪になったおかげか、魔術が使えるようになった。けど、俺一人では無理だ。だから一緒に行ってくれないか。頼む!」
小さな頭を懸命に提げて、己の目的を吐き出す。
こいつにとって思い出の地であるこの家を、これ以上悪人に汚されたくないのだろう。その必死さが、こちらにも痛いほど伝わる。
「……頼まれなくても、そうするつもりだ」
平然と構える。
「ここまで事情を聞いて、そうですかと帰れるほどの薄情さは持ち合わせていないんだ」
一之瀬君の方を見ると、何やら嬉しそうな顔をしている。
「私も、同じ意見です。やり返しましょう猫さん!」
やる気に溢れた俺たちの反応に、頼んだ側の黒猫は目をぱちくりさせて驚いている。
「ほ、本当か……すまない……ありがとう」
実は人影が見えた時に、手を出しかけた程だ。お礼を言われるようなことでもない。
「俺は子猫を連れて店に戻っておく。これだけの食材を前にして飯を待てってのは流石の野良様も我慢できないだろ?この先に飯作りが本職の俺の出番は無さそうだしな。飯くらい作っておくぜ」
「だが……」
「その代わり、盗んだものは返してもらうからな。こいつがないと、商売上がったりだぜ」
大輔さんが優しく笑った。
遠慮の要らない心遣いができるのも、大輔さんの性格がなせる技である。
「ありがとう……本当に、本当に……感謝する」
黒猫は今にも泣きそうな声で感謝の言葉を口にする。
子猫を抱き抱え大輔さんがその場を抜け出し、俺たちは改めてその窓の奥を睨みつけた。
「時間もない。奴らが戻ってくる前に侵入するぞ」
「あぁ、よろしく頼む」
俺は立ち上がり窓に手をかける。
――ガタッ
当然だが、鍵がかかっている。
「窓は開かないが、どうやって家の中に入るつもりだ?」
以前から侵入の計画を立てていた黒猫にそう尋ねる。
「…………あ」
「おい、まさかとは思うが」
「捕まえることしか考えてなかった」
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